Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 成田難民と9時間渋滞体験記

<<   作成日時 : 2014/02/16 00:04   >>

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 2月8日、最終的には東京で45年ぶりという26センチの積雪となった日、私たちは職場の旅行を終えて成田空港に降り立ちました。
 成田はもともと都心よりも積雪が少ない所なので、羽田に着陸出来ない飛行機も成田に降りてきたりもします。それでも前のブログに書いたように成田は吹雪で、私たちの便は決死の着陸で何とか帰国出来ました。
 
「よし、これで何とか家に帰れるぞ

 と安堵し、イミグレを抜けてみたら何と・・・

JR 運転見合わせ
京成 運転見合わせ
リムジンバス 運休


 ということは、空港から離れる手段がない

 さっそくiphoneで成田周辺のホテルの空きを探すもののどこもいっぱいです。

「これは空港で夜を明かすしかないな。」

 部長のひとことに同意するしかすべはありませんでした。しかし、空港内の椅子はすでにどこもいっぱい。もうこれは床に雑魚寝することを覚悟して、より人が少ないであろう第1ターミナル3Fのスペースに私たち8名は今宵の宿を確保しました。
 その間に女性陣がまだ営業していたマクドナルドの長い行列に並んで夕食を買ってきてくれました。感謝。
 この時点では学生時代に戻ったようで、みんなオ-バ-50'sなのに結構ウキウキしながら楽しい夕食タイムに。一晩やり過ごせば明朝には帰れるだろうと誰もが信じていましたから。

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 そうしているうちに人も徐々に増えてきて、また時間も23時を過ぎたので、セーターなどを床に敷いて寝ようと思った頃、トイレに行った女性陣がなんと人数分の寝袋と水、リッツ(クラッカー)をゲットして戻ってきたではありませんか

「それ、いったいどうしたんですか

「段ボールでもないかとウロウロしていたら、到着ロビーで空港の人が配ってたんですよ。そして7人分くださいってお願いしたらもらえたんです

 おお、なんと機転の利く我が社の女性たちよ

画像


 おかげさまで、いつでもどこでも眠れてしまう賜物を頂いている私は朝5時までこの場所で爆睡させていただきました

 さて開けて2月9日。
 私はこの日、派遣先の教会で日曜学校の礼拝の担当、メインの礼拝司会、そして会社のゴスペルクラブ、夜の祈祷会メッセージ、とフルに奉仕のスケジュールが詰まっていたので、始発から鉄道が動き始めることを期待して起床。
 成田空港までは車で来ていましたが、ノーマルタイヤだし、鉄道で都内まで行って車は後日取りに戻るしかないと腹をくくっていました。
 しかし元鉄道員の先輩が運転状況を確認しに行くと、全く運行のめどが立っていないとのこと。
 そこで一同1F到着ロビーのリムジンバスの切符売り場まで移動し、バスが動き始めたらすぐに乗れるように備えつつ、B1の鉄道が動き出したらそちらにも行けるようにしました。

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 この時点では早朝に到着する便がまだ着陸していないので、それほど人も多くありませんでしたが、鉄道もバスもまったく動く気配がなく、出勤してきたリムジンバスの社員も、

「高速が通行止めですので、少なくとも昼までの便は全部運休です。それ以降についても全くわかりません。」

という案内を繰り返すのみです。
 この時点で日曜学校と礼拝の奉仕は断念せざるを得ないな、と判断し、先生に連絡しました。前夜にも状況は連絡しておいたので、先生は日曜学校はユースパスターを、礼拝は先生自らピンチヒッターで立って下さることを決めて下さっていました。
 天候のこととはいえ、いたたまれない思いに包まれまてしまいました

 ちなみに後でわかったのですが、この日の成田の様子がこんな風にニュースになっていました。



 とにかく空港から動く方法がありませんから待つしかないのですが、6時を過ぎると到着便からどんどん人が出てきて、ターミナル内も混雑してきました。
 9時を過ぎたあたりで、もうこれ以上待ったら16時からのゴスペルクラブにも間に合わない可能性もあるし、ターミナルビルの外の道路にはほとんど積雪がなかったので、車を預けてある駐車場に電話をしてみました。

「駐車場周辺の道はいかがでしょうかね?」

「千葉の辺りはかなり積もってるみたいですけど、この辺りは平気ですよ。今朝も何人かは車で帰って行かれましたからきっと大丈夫でしょう。」

 その時私は「その言葉に賭けよう」と思いました。部長に許可を得て、もし一緒に乗っていく方がいればどうぞ、とも提案しましたが、皆さんは空港で待つとのことだったので、駐車場の車に迎えに来てもらいました。
 空港から駐車場までは確かに何の支障もなく車が走り、受け取った私の車も順調に一般道を成田市内へ走って行きました。ところが駐車場から2キロくらい走った市街地に入った途端、渋滞が始まりました。
 この時点では、市街地なので混んでいるのだろうくらいに思っていましたが、全く進まないのでiphoneアプリの渋滞情報を見てみると、約5キロの渋滞となっています。
 そのくらいなら何とかなると言い聞かせてみたものの、本当に進まないのです。駐車場のように停まっている時間がほとんど。
 
 成田の駐車場を出たのが9時半。 ところが京成成田駅のあたりを過ぎたのが14時 

 その後動き始めたものの渋滞のノロノロ運転には変わりはなく、時にはピタッと停まってしまいます。
 ようやく佐倉市内に差し掛かったのが15時くらいでしたから、ここで16時からのゴスペルクラブも断念。おまけにここに至るまでコンビニもほとんどないので、空腹にトイレの問題も・・・
 皆さんを無理に同乗させなくて良かったと心から思いましたよ。

 やっとの思いで見つけたコンビニでトイレと食糧調達を済ませ、成田に残ったメンバーに電話してみると、15時の時点でまだ陸の孤島状態が続いているとのこと
 ここでようやく私はこの状態が成田空港が開港して以来初めての出来事なのだということを認識したのです。

 ちなみに佐倉から千葉市に至るまでは雪がかなり残っていて、路面が相当危ない状況でした。しかし渋滞のノロノロ運転のため、ノーマルタイヤでも危険を感じずに進むことが出来たのは神の守りでした。
 千葉市内に入るとようやく道路が増えて抜け道的に進むことが出来ました。しかしまた船橋方面に向けて14号線は駐車場状態に。
 さすがにもうそのまま耐える気力が限界に近づいて来たので、イチかバチか稲毛から千葉マリンスタジアムの方へ迂回してみたらスムーズに流れ、357号線で都内へ車を進めました。
 そして高速が乗れる首都高の葛西ランプに着いたのが18時半でした

 祈祷会は19時からなので、ここで牧師先生に電話。

「こういう状況で間に合うかどうか微妙です・・・」

「え〜っ それは本当に大変だったね。もう無理しないで休んでいいから。」

 ああ、本当にすみませんm(__)m 
 そしてご配慮ありがとうございますっ


 結局この日曜日は何も出来ず、ひたすら運転して終わってしまったのでした。

 板橋区の自宅にたどり着いたのは19時20分。成田残留組のことが気になり、また連絡を取ってみると、16時頃に京成・JRとも動き出したそうで、鈍行を乗り継ぎ3時間かかって新宿まで着いたとのこと。
 ということは残留組も私もほぼ同じ時間に都心に着いたわけです。
 しかし車の運転は10時間。この時間があれば成田からヘルシンキ、成田からシドニーまで行ってしまいます〜

 でも前夜のターミナルで寝袋に寝るという体験から帰宅するまでの異常な体験を、イライラせず何とか受け入れて、無事に帰ってこれたのは、済州島滞在最終日のフリータイムで英気を養っていたことが大きかったですね。神のご配慮に感謝です。

 日曜日に礼拝できなかったこと。奉仕に穴を開けてしまったこと。
 これは神に、教会の皆さんに申し訳なくて悔しい思いは拭えないのではありますが、添乗に出ていた時代にも経験しなかった貴重な体験をさせてもらったことも事実。

 これが今後どこでどう生かされるのかはまったく不明ですが(苦笑)、主の守りに感謝し、御名を崇めます。

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