Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS われらにではなく、われらにではなく

<<   作成日時 : 2013/11/17 01:24   >>

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 10月22日のICGCのリハーサルは終始落ち着きがなく、みんなが浮足立っているようで、その帰り道私はとても陰鬱な気持ちで家に向っていました。
 たとえ練習であってもその場は教会であって、神への賛美としてゴスペルを歌っているという意識がICGCにはあるはずだし、クリスチャンはもちろん、クリスチャンでないメンバーであっても伝わっているのがICGCである、と私自身は感じていつも感謝していたので、この日の空気はいたたまれませんでした。(実はこれも思い上がりだったのですが・・・)

 なぜその日のゴスペルクワイアリハーサルがそんな空気に包まれてしまったのか、その原因はわかっていました。
 それは11月1日に、中央福音教会から徒歩1分で行くことの出来るサンシャインシティ―噴水広場で行われる、クリスマスツリー点灯式で賛美することになっていたからです。
 みんな滅多にない大きな外部のイベントを間近にして、そわそわしていたのです。

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 このお話がゴス友経由で飛び込んで来た時、とても明確な神からの導きを感じました。
 何故ならば、サンシャインシティ―が開業した当時から近隣にある教会ということで、クリスマスシーズンには噴水広場で中央福音教会の聖歌隊とバンドで集会をさせてもらっていたからです。
 その際には教会でクリスマスの讃美歌の歌詞を載せたプログラムを印刷し、噴水広場に集まって来た人々に配布して一緒に賛美し、佐布先生のクリスマスメッセージも語られたという、クリスマス礼拝をそのままそこでささげた30分あまりの集会でした。
 福音を華やかなショッピングモールの中で堂々と証し、池袋という商業地域にキリスト教会があるんだ と知らせることの出来る良い機会だったのです。
 しかしサンシャインシティ―側の経営方針が変わり、10年位前からその集会が途絶えていました。
 そこに舞い込んできた今回の企画。

 詳しく聞いてみると、今年が開業35周年で、タレントのベッキーさんがデザインしたクリスマスツリーの点灯式を盛り上げるために35名のゴスペルクワイアでクリスマスらしいゴスペルを歌ってほしい、ということでした。しかも前半と後半に分かれ2曲ずつ、合計4曲。前半は厳粛に、後半は楽しく華やかに、というリクエストはありましたが、曲は任せてもらえるというお話だったので

「これはちゃんと正真正銘の賛美をささげることが出来るぞ

 と思い、祈りました。
 そしてスタッフにも相談し、賛美の上におられる真の神を、教会にはなかなか足を運ぶことのない多くの方々に約10年ぶりにあの場所で証するためお受けすることにしたのです。

 さて、主催するプロモーターさんと打ち合わせを重ねていく中で注意事項として知らされたことのいくつかが、

 「ベッキーさんが出演するので芸能マスコミの取材が多数入ります。ひょとしたらワイドショーや芸能ニュースに皆さんの顔が映るかもしれない。だから顔出しがNGな人は出ないでください。」

「最後はベッキーさんも一緒に歌わせてもらうかもしれませんので、早めに曲を教えてもらえますか?」


 ということでした。
 これは大事なことなので、当然メンバーに伝えました。

「ベッキーと共演できるかもしれない。」
「テレビに映るかも知れない。」


 その時に小さな歓声がみんなから上がりました。その反応を見て私は、

「だから技術的にも恥ずかしくないクオリティーにしていかなくちゃいけない。」

 実はこの私のスタンスが良くなかったのです。

 この話を受けた動機は純粋でした。
 心から、不特定多数の人たちにキリストの香りを振りまきたい、と願いました。
 しかし「真の神を賛美しに行くのだ」 という本当の目的から目をそらせるような、外面を装わす説明を私が繰り返していたのです。
 実はそれに気づかせてくれたのは、10月22日のリハ後に
「何であんなに落ち着かない散漫なリハになったんだろう・・・」
 という私のつぶやきを聞いていた愛するスタッフたちでした。

 私はハッとさせられ、自分を恥じ、そしてそれを気づかせてくれたことに心から感謝し、またすぐに悔い改めました。
 幸いなことに本番まであと1回リハがあり、またこれも主の備えだと思いますが、その回は私がバイブルメッセージを担当する週だったので、神に取り次ぐべき御言葉を切に祈り求め始めました。

 そこで数日後に明確に示されたのがこの御言葉でした。
主よ、栄光を
われらにではなく、われらにではなく、
あなたのいつくしみと、まこととのゆえに、
ただ、み名にのみ帰してください。

(詩篇115:1)

ガッツーン と私を直撃する御言葉でした。

 出エジプトを経験したイスラエルの民は、モーセがシナイ山に登って十戒を授かっている間にも鋳物の子牛を作って礼拝しました。
 約束の地・カナンに入ってもカナンの偶像神バアルやアシュタロテを礼拝しました。
 詩篇115篇は、こうした偶像を礼拝する不信仰者に対し、真の神に立ち返り信頼せよと強く迫るような構成になっています。
 
 多くの人が集まる中で華やかなスポットを浴びて歌う、ということは時として真の神から目をそらさせ、自らを偶像化し、「私を見て と自らに栄光を帰す恐れがあります。
 まさにみんながそういう流れに飲み込まれそうになったいた時に、神はこの御言葉を通して賛美の本来のあり方と目的を明確にして下さいました。

「栄光を われらにではなくわれらにではなく

 このように同じ語を繰り返し使う箇所は、聖書にそれほど多くありません。
 しかしイエスがヨハネ福音の中で特に重要なことを伝える場合に

「よくよくあなたに言っておく。」(口語訳)
「まことに、まことにあなたに告げます。」(新改訳)
「ἀμὴν ἀμὴν λέγω σοι」(ギリシャ語)

という言い方を再三されていることを思い出します。
真の神にのみ栄光を帰す。それがいかに重要であるかがわかりますね。

 救いの契約に忠実で主をイエス・キリストとして具体的に地上に送り、十字架と復活により救いを完成させた神は、今日も偶像礼拝(自分に栄光を帰すことも含みます)に代表される闇の生活から立ち返って、ひたすら主に信頼し、主に栄光を帰し、主をほめたたえるようにと私たちを招いて下さっているのです

 10月29日のリハではこの箇所からメッセージを取り次がせていただき、感謝なことに当日噴水広場に集まって来てくれたメンバーたちに2週前の浮足立った感じはありませんでした。
 そして更に感謝なことに、ベッキーさんとの絡みは全くなく、賛美の時はベッキーさんに気を取られることなく私たちクワイアだけで神を見上げることが出来ました。

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 賛美したのは、Total Praise, Amazing Grace, Joy To The World, Oh Happy Day.. 合間に美和ちゃんがクリスマスの本当の意味をMC出来た場面もありました。

 噴水広場には関口先生をはじめ、メンバーのご家族や友達もかなり来て下さったみたいで、プロの熟練したミキサーの方がいたお蔭もあると思いますが、とても力強く美しい賛美だったという感想を後で色々な人を経由して聞くことが出来ました。

 その中には、教会のコンサートにいくら誘っても来てくれないという人も結構いたようで、またベッキーさん目当てに集まった人も多数いるわけで、そう言う方々に「賛美」を届ける機会が与えられたことは本当に多くな恵みであったと感じます。

 このことがこれからどうつながっていくのか。それはまさに神の御手の中で私にはわかりません。ただ、
主よ、栄光を
われらにではなく、われらにではなく、
あなたのいつくしみと、まこととのゆえに、
ただ、み名にのみ帰してください。

(詩篇115:1)

 これからどんなシーンで賛美するにしても、この御言葉は刻み付けて臨むことを決心した尊い機会となったことを証したいと思います。

 
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