Tama’s ゴスペラー日記

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<<   作成日時 : 2013/02/11 14:36   >>

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 1月の最終週は月曜から土曜まで駒込の中央聖書神学校に泊り込んでのスクーリングでした。
 私にとっては2度目。
 初体験だった昨年はかなり緊張して臨みましたが、今年は様子もわかって本科生とも仲良くなって気心も知れ、純粋に期待を持って臨むことが出来ました。
 普段インターネットで授業を受けている私たち通信科生同志も、この機会でないと顔を合わすことが出来ないので、お互いを知り励まし合う意味でとても有意義です。

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 受けた恵みは数えきれません。
 学びの面では「聖書解釈学」で、歴史的脈絡の概観、章句の区切りを確認すること、ペリコーペ(伝承されたひとつのかたまりとしての話)文の構成分析、歴史的背景分析などなど、原語と照らし合わせながら聖書を正しく深く理解していくことの重要性と手法を学びました。
 講師は堀川寛先生(三滝グリーンチャペル牧師)。

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 先生がまだ神学生だった約30年前、教会派遣で中央福音教会に半年来られ、その時大学生だった私は年齢が比較的近いこともあって教会のバンドで一緒に賛美したり、巨人ファンVS広島ファンで熱いプロ野球バトルをしたり、とても仲良くさせてもらった思い出がありました。
 しかし先生が神学校を卒業されてから不思議と一度もお会いするチャンスがなく、今回のスクーリングが約30年ぶりの再会となりました
 お互いに、まさかこの年でこういう関係で再会するとはまったく予想だにせず、神のご計画の大きさに感動しきりでありました。

 またもう1科目は「礼拝の実践」で、講師は林 幸司先生(東京メトロチャーチ牧師)。
 キリストのからだである教会を建て上げるために、聖霊の臨在に満ち満ちた礼拝を導くための実践でした。
 御言葉を基に賛美によって人々を神の御許へ連れて行くことの素晴らしを体験する、感動的かつ衝撃的な学びでしたね。

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 先生はもともとジャズピアニストを目指していたというだけあって、クリスチャンになってからも魅力的な賛美を追及され、牧師になってからは世界的に用いられているワーシップリーダーに会いに行き、生き生きと賛美の溢れる礼拝を体験し学んでこられたそうです。
 日本の教会がほとんど目をつけてこなかった、歌詞の内容に合わせて強弱や感情を込めるピアノの弾き方、間、あえて無音の状態をつくること、など、まさに目からうろこの実践講義でした。
 その中でもっとも印象的で感動したのは、

「ミニストリーで人は救われない。教会こそが人を救う場所なのだ。」

 という言葉でした。
 賜物を持ったクリスチャンがビジョンを持って集められてミニストリーは勧められます。確かにこれは人にイエス・キリストを紹介する役割としては重要で素晴らしい働きですが、教会に植えられなければ人は成長することが出来ず、すぐに枯れてしまいます。
 ですから、世界的に用いられているワーシップリーダーであるダーリーン・チェック師(ヒルソングチャーチ)は、オーストラリアでセキュラーチャートでミリオンを連発して様々なオファーが世界中から来ても断り続けている、という話を先生は紹介してくださいました。



「私は教会から離れない。」
そして彼(キリスト)は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。
 それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。
(エペソ人への手紙4:11〜13)

 人を救い、完成に至る道へ導くのはキリストのからだである教会(エクレシヤ)だからなのです

 この林先生の授業は金土の2日間でしたが、土曜の朝のチャペル(礼拝)では先生が奏楽者としてピアノを弾いて下さったのですが、賛美の中に主が住まわれているのが実感としてリアルにわかり、Amazing Love という私にとっては初めて歌う賛美の歌詞に触れられてしまって、涙が止まらなくたってしまいました。


あなたの打ち傷により 私はゆるされ
あなたの よみがえりにより
あたらしい いのちが
Amazing love,  あなたが
わたしのために
Amazing love,  いのちを
ささげてくれた 王なる主 たたえます

 主イエスの十字架が私のためだった…それが胸を刺して泣けて泣けて・・・

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 そんなシーンをばっちり撮られちゃたりしてます

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 それから水曜の祈祷会も恵まれました。
 賛美の後にみんなで祈り始めて、次第に聖霊に満たされてみんながそれぞれに近づいてその人のために執り成す。そして次の人へ自然と導かれていくのです。私の肩にも多くの人の手が置かれて祈りの海に引き込まれていきました。
 
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 気が付いたら異言で声が枯れるほど祈っていて2時間。
 神とガチで向き合う時間の何と素晴らしいことか。普段の生活の中でもこういう時間を取らないといけないのですが、正直出来ていません。
 「祈りは霊的な呼吸である。」というのはよく言われることです。もちろん日常の中で祈ってはいるのですが、神と1対1でじっくり会話しているかと言ったら全然出来ていないことに気付かされました。
 
 スクーリング中は5時45分に起きて、まず祈ることから始まり、ラジオ体操〜校内の清掃〜朝食〜礼拝〜授業…と進んで行くのですが、これがとても清々しく、恵みだったんです。

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そして、普段も「授業」が「仕事」に入れ替わるだけであればいいのだとも気付きました。
 
 他にも恵みはあふれてくるのですが、とても書ききれません。また少しずつ証していければいいのですが・・・。

 とにかく同じ志が与えられ、神に召された者たちが寝食を共にして励まし、祈り、仕え合う。これはこの世の中でなかなかないことです。
 そのような中に招き入れ、訓練して下さる神へ感謝が絶えません。


*素晴らしい写真の多くは、通信科卒業1期生・佐藤誠先生(武蔵野キリスト教会)が撮影してくださいました。感謝いたします

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2013/10/06 00:32

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