Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 訓練の日々 その2 (超教派賛美集会)

<<   作成日時 : 2012/09/16 00:11   >>

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 9月8日(土)には「超教派賛美集会」というコンサートが中央福音教会で開かれることになっていました。
 これは黒川さんという大ベテランのクリスチャンの方個人に与えられたビジョンによって開かれるようになったという、今年で5年目になるコンサートで、その名の通り教団や教派を超えてひとつの教会に集まって主を賛美しようという主旨だそうです。
 1年以上前から黒川さんご夫妻が時々午後の礼拝にお見えになられて、主任牧師の佐布先生に会場の提供を熱心に依頼。
 その熱意に今年初めて中央福音教会でも行われることになったのでした。

 「会場を提供するのだからICGCも出てあげて」

 という佐布先生のツルの一声でメンバーを募り、この日に備えました。
 
 それはともかく、2週間くらい前になっても主催者側から具体的な連絡はないし、まったく全貌がつかめぬまま多忙な日々を送っていました。しかしホスト教会としてしっかり受け入れないといけませんから、こちらから連絡を入れると、8グループが出演することや、楽器やその他機材を私たちが準備し、PAもこちらがやらなければならないことだとか、メッセージを牧師にお願いしなければならないことだとか、やらなければならないことがとても多いことが初めて判明したのです

 早速メッセージを佐布先生にお願いすると、

「タマちゃんがやればいい。」

 と一言

 そうおっしゃられた意図はいろいろと想像できるのですが、要するに「訓練」であります
 教団・教派の違う方々がごちゃまぜになった人たちに15分で聖書からメッセージを取り次ぐなんて、訓練以外の何物でもないじゃありませんか
 メッセージの準備と同時に、バンドメンバーと教会の青年部メンバーに当日の裏方奉仕をお願いし、当日に備えました。

 当日は朝早くから裏方ともども集合し、会場設営に励みました。
 その時に思ったのは、池ゴスの定例開催や今まで数々のゴスペルイベントを運営してきた経験がまさに役立っているということでした。
 みんな無償の奉仕であるにも関わらず、嫌な顔一つせずに仕えてくれる兄弟姉妹たち。本当に素晴らしい
 こういうことの出来る人材が主によって集められいる教会はそれほど多くないと思います。
 これも神の最善のご計画であり、憐みだなぁ・・・

 一般の社会では、主旨が不明瞭で指示系統もしっかりしていなければ絶対に人は動きません。
 しかし教会というところは、イエス・キリストという完全な方の愛が基盤にあるから、主にあって忠実な奉仕者が備えられ何とかなってしまうのです。
 それは本当にハレルヤなことなんですが、それゆえにクリスチャンには「やってくれて当たり前」的な感覚が染み付いてしまっているように感じるのです。
 それは自戒しなければ と強く思わされました。

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              (当日賛美したICGCメンバー)

 ともあれゴスペルクワイアであるICGC以外の賛美は、古典的な聖歌隊、前衛的なクラリネット演奏、つぶやきのようなラップ、ゴスペルフラ、ワーシップソングのデュエット、歌謡ショーのようなソロ、フィリピン教会のタテのり賛美・・・ と実にバラエティー豊かな賛美で、人間的な目で見たら全く統一性のない音楽の寄せ集め。

             (フィリピンチームの賛美!)

 しかし、

 「真の神を信じその方を賛美している」

 というたったひとつの大きな一致ゆえに一堂に会していることに気づきました。そしてどのチームもそれぞれのスタイルで純粋に神をほめたたえているのが伝わってきて、とても恵まれました

 さて、訓練として備えられた私のメッセージは、その気づきから与えられた「インマヌエル」「神われらと共にいます」というタイトルでした。

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「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。
これは、「神われらと共にいます」という意味である。

(マタイによる福音書1:23)
 
それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。
(マタイによる福音書28:19〜20)

 マタイ福音の最初に旧約の預言から御使いによって主イエスの誕生の意味が示され、一番最後に主ご自身の口からご自分のありかたを明確に宣言して終わるのです。
 まさに彼は「いつも共にいて下さる神」なのだということがマタイ福音全体を貫いているのですね。

 人間はひとりでは生きていけない存在です。孤独こそ最大の敵なのです。
 しかし神の御子イエス・キリストが、どんな時であっても共にいて下さる、と聖書には明快に、そして厳かに記してあります。しかし私たちが彼を信じなければそれを感じることが出来ないのです。
 私たちがインマヌエルの神イエス・キリストを信じるならば、その大きな愛ゆえに彼を賛美せずにはいられなくなります。
 だから人の目から見たらこんなに統一性のないグループたちが中央福音教会に集められたんじゃないですか

 まとめるとそのような内容のメッセージでした。
 
 集会には佐布先生ご夫妻も来られていて、おふたりの前でメッセージをさせていただくのが初めてだったので最初は正直ちょっとビビったんですが、前に立った段階で完全に聖霊の守りの中にすっぽり入れられ、落ち着いて大胆に御言葉を語ることが出来ました

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 今回は自分たちが主催ではない集会を受け入れて奉仕させていただくという、とても貴重な経験をすることが出来ました。
しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
(ガラテヤ人への手紙5:22〜23)
 まさにこの御言葉が心にずしりと響いてきましたね。

 訓練を与えて下さっている主に心から感謝し、栄光を帰します 

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内 容 ニックネーム/日時
私は2年前、1歳6カ月の子を預かる事になり、養育里親に専念するため退職しました。「あなたも神に望まれて生まれてきたのです。」を基に今は高二、小六、3歳、3人の子供たちと暮らしています。神に仕える形はそれぞれ違いますが、タマさんのように真摯に仕えている様子をブログで見ると、本当に力が湧いてくるような感じがします。
ひとつひとつが祝福されますように!!
須藤
2012/09/26 21:13
>須藤さん
すごいことですね。そのような働きは私には出来ません。
それがきっと須藤さんの召命なんですね。
尊敬します。
たま
2012/10/01 18:39

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