Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS ホイットニー・ヒューストンの死と希望

<<   作成日時 : 2012/02/17 14:47   >>

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しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある 
(ローマ人への手紙8:37)

 ホイットニーー・ヒューストンの死は衝撃的でした。
 彼女は私と同じ年で、大学4年の時、1985年にデビュー。日本ではシングルカットされたSaving all my love for you が大ヒット。


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 当時このアルバムは私のヘビーローテーションでした。
 特に今でも鮮明に思い出すのが卒業旅行でニューカレドニアへ行った時のこと。
 無粋なことに野郎2人で初の海外旅行がニューカレドニアとゴールドコーストというハネムーンみたいなコースだったから笑っちゃいますね
 それでも日本の真冬に常夏のビーチにいることに興奮し、フランス文化漂うヌーメアの街歩きを満喫してビーチ沿いのホテルに戻ってきたんですね。窓の外からは海に沈もうとしている夕陽が差し込んできていてね。私はベッドにごろんと寝転がって、枕元についていたラジオのスイッチをオンにしました。その時に流れてきたのが Saving all my love for you.



 そのシチュエーションはまるで別世界で、まるで時が止まったかのよう。そして心が溶けていくような感じがしたものです・・・ 青春の忘れがたい1ページに今でも彼女の歌声が刻み込まれているんですね。
 この動画は1985年当時のもの。ホントに涙もんです
  
 彼女は有名なゴスペルシンガーであるシシー・ヒューストンを母に生まれ、ニュージャージーのNew Hope Baptist Church のクワイアでティーンエイジャーまで歌っていました。教会で神を賛美し続けていた、それが彼女のルーツなのです。



 これは彼女が9歳の時の動画だそうです。私が何度も訪れた黒人教会の礼拝そのものですね。

 その後ティーンエイジャーの時にスカウトされセキュラーの道に進み、グラミーを6度も受賞するなどこの世の栄光を手に入ます。しかしボビー・ブラウンとの結婚がきっかけとなりドラッグやアルコールにおぼれ、苦難と転落の人生が始まってしまいました。
 どこへ行っても賞賛され人に取り囲まれる生活。スーパースターを演じ続けなければならない孤独。素行不良な夫から受けたドラッグやアルコールのいざないに溺れていったのもわかるような気もします。なぜなら人間は弱いですから…。

 しかし彼女がどんなにスーパースターになってもそのライブでほとんどの場合ゴスペルコーナーを設けていました。おととし久々の来日公演となったさいたまスーパーアリーナでも Amazing Grace I Love The Lord 2曲賛美しています。
 このライブについてのつぶやきがきっかけで知り合ったシンガーのSAK.ちゃんが自身のブログでこう書いています。
 だから I Will Always Love You があの頃みたいに歌えなくたって(キーを下げたって、ロングトーンが伸びなくったって)、全然いい。
コンサートで歌った Amazing Grace と I Love The Lord は本当に素晴らしかった。
それでいいじゃないか、ホイットニーがまた歌うようになってよかった、そう思った。

 ホイットニーに憧れて、彼女のルーツであるゴスペルを知ることからシンガーを目指したSAK.にはホイットニーのベースにある大事なものが伝わっていたんですね。

 ホイットニーがゴスペルを賛美している動画はYoutubeにあふれています。それを見ても彼女とゴスペルは切り離せないものだったことがわかります。
 晩年の彼女は、抜け出したくても抜け出せない泥沼の中であがいていたんだと思うのです。ボビー・ブラウンと離婚し、薬物中毒からの更生プログラムを受け、アルコール依存から脱出するためにも努力を重ねていた。でもなかなかそこから抜け出ることが出来なかった…。
 そのような苦しみの中にあって、彼女にとってJESUSだけが希望だったのではないか。だから賛美するのをやめなかったのだとしか思えないのです。神の言葉であるゴスペルには特別な力があります。それは私が日々体験していることでもありますから自信を持って言うことができます。
 子供の頃から教会でずっと賛美してきたゴスペル。賛美している時に受け取る天からの恵みと憐れみは彼女の内側の「霊」がいつまでも忘れるわけがありません。

 さいたま公演のゴスペルコーナーは観客にとってなじみのない曲を彼女が歌いだしたものだから、なんだかしらけた空気が流れたそうです。でもSAK.ちゃんのように彼女の内側をそこに見た人もちゃんといた。

 栄光を極めたDIVAの死は一見サタンの勝利のように思えます。神を信じるクリスチャンがなぜこんなに惨めな転落を味わい、死ぬのかと。

 しかし新約聖書・ローマ人への手紙8:10〜11にはこう書かれているんですね。
 もし、キリストがあなたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。もし、イエスを死人の中からよみがえらせた御霊が、あなたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。

 彼女は死にました。
 人の命は神の御手の中にあります。主権はいつでも神にあります。
 その神が人の命を召されるには理由があります。
 ですから、神はひょっとしたらもうこれ以上自分の弱さの中に、サタンとの戦いの中に彼女を置いておくのが憐れで、ご自身の御許に引き寄せたのかもしれない・・・ そう思ったりもします。
 聖書の有名な出来事で、長血(出血が止まらない婦人病)の女が治りたい一心でJESUSの衣の裾に必死に触れたように(ルカによる福音書8:43〜48)、彼女も罪の泥沼から必死に這い上がろうとJESUSを見上げていたのではないか。
 聖書ではその女にその時どんなことが起こったでしょうか?
 JESUSから力が流れていき、女の病は癒されたのです。そしてJESUSは宣言するのです。

「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。」

 もちろんそれは私の人間的な願望が入り混じっているもので、神が彼女を赦し天の御国に迎えられているかどうかその真実をを知るすべを持ちません。
 しかし残された私たちは神が与えて下さった聖書の御言葉から真理を受け取ることが出来ます。
 この彼女の非業の死から私たちは、このブログの冒頭に引用した聖書の言葉にある「勝ち得てあまりある」 、別の訳(新改訳)では「圧倒的な勝利者」であるJESUSを見上げることを学びたいのです。
 だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。    
(ローマ人への手紙8:35)

 肉体の死を超えた希望がJESUSにあるのです
 私たちはこの方の愛から決して離れないでいようと思うのです。
 
 いみじくも彼女は有名なこの賛美をよくステージでささげていました。



Jesus loves me! this I know,
For the Bible tells me so.
Little ones to Him belong;
they are weak but He is strong.

Yes, Jesus loves me!
Yes, Jesus loves me!
Yes, Jesus loves me!
The Bible tells me so.


主我を愛す 主は強ければ
我弱くとも 恐れはあらじ
我が主イエス 我が主イエス
我が主イエス 我を愛す


 この有名な賛美歌は日本で最初に翻訳され歌われた賛美歌であると言われています。
 元々の歌詞(英語)は1860年に出版されたアンナ・ワーナー(Anna Bartiett Warner/1820-1915)の小説「Say and Seal(1860)」の第2巻第8章の一節。 主人公の少女フェイスが見守る中、天に召されようとする幼いジョニーの口から漏れ聞こえる歌でありました。
 そう、死の際で歌われていたのです。

我弱くとも 恐れはあらじ

 なぜでしょうか?
 それは「勝ち得て余りある」「圧倒的な勝利者」JESUSが私の主であるからです。

 弱りはてボロボロになったホイットニーの心の叫びをここに感じるのは私だけでしょうか?

 先日アレサ・フランクリンが自分のコンサートの中で、ホイットニーの死を悼み歌った動画をSAK.ちゃんが教えてくれました。



 ここでアレサはホイットニーの代表曲 Greatest love of all をベースに歌い追悼の言葉を述べていますが、次第に神への賛美へと変わり完全に礼拝になって行きます。そしてこの Jesus Loves Me がアレサの口からあふれ出てきます。
 音楽評論家の人は「ゴスペル風で素晴らしい」などと感想を述べていますが、とてもそんな程度のもんじゃありません。アレサはJESUSの愛とそこにある希望をホイットニーの死の向こうに見て、礼拝しているのです。
 そして最後には

「彼女はクリスチャンシンガーであり、私の家族だ!」

 と宣言しています。なぜならアレサはホイットニーの代母(洗礼の時の証人となる先輩クリスチャン)で、ホイットニーは母のシシーと共にアレサのバックコーラスをしていたんですね。まさにJESUSを中心としたファミリーだったのです。
初めに言があった。言は主と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは。これによってできた。でたもののうち。一つとしてこれによらないものはなかった。
この言は命であった。そしてこの命は人の光であった。
光はやみの中で輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった

(ヨハネによる福音書1:1〜5)

 JESUSを信じる者の死は終わりではありません。死とは復活して元いた神の家に帰ること。葬儀は Home going service (我が家に帰る礼拝)と言います。
 すでに死に勝利された方が私の主だから永遠の希望があるのです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
我が家に帰る礼拝 素敵な言葉ですね☆彼女の葬儀の中継を見ていますが、まさにゴスペル礼拝 素晴らしくて号泣しました
まき
2012/02/19 04:52
昨夜のWhitneyのメモリアル、home going serviceだと思ったら悲しまずにむしろ温かな気持ちで見守ることができました。今ごろ神様のもとでゆっくり休んでいたらいいな。
s
2012/02/19 22:47
>まきちゃん
感動的な礼拝だったね。
でも天の御国はもっともっと素晴らしいに違いない。
たま
2012/02/25 00:15
>sちゃん
それがまさにクリスチャンの希望なんだよね。
天国では疲れることもないから、きっとずっとJESUSを賛美し続けてるんじゃないかな。
たま
2012/02/25 00:17

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