Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 福音主義の恵みに浸る

<<   作成日時 : 2013/11/27 23:48   >>

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 先日、懇意にさせて頂いている大坂太郎先生が理事長を務めておられる日本福音主義神学会東部部会主催の研究会に参加してきました。
 この学会は、「聖書の十全霊感を信じる福音主義キリスト教の立場に立つことを共通の教義とし、教会の健全な成長と発達のために奉仕することを目的」として設立され活動しており、わが師佐布先生も長年要職を務めておられました。
 通常は会員でなければ参加できないのですが、今回は公開研究会ということでお声をかけて頂いたわけです。

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 内容は、日本における戦前〜戦中〜戦後という日本キリスト教史の中での福音主義とはどうだったのか、というものでありました。
 しかしその前に私の心を懐かしくさせ、シンパシーを覚えさせたのは、会場の御茶ノ水キリスト教会館内会議室に足を踏み入れた瞬間の雰囲気でした。
 もうすでに開会のあいさつが始まっていたのですが、司会者の穏健な話しぶり。静粛に耳を傾ける参加者。福音派独特の上品さがとても懐かしかったのです。
 というのも、私が大学時代に所属していた「福音キリスト者聖研会」というサークルの雰囲気がこんな感じで、伝道会でお招きする講師の先生も大体こういうタイプだったからです。
 また今はゴスペルミニストリーに携わり、アッセンブリー教団の神学生としてペンテコステ神学を学び、ペンテコステの礼拝で奉仕し、異言でガンガン祈るような祈祷会で奉仕するという生活をしてるので、尚更その空気が懐かしく感じられたのでしょう。
 どちらが良い、悪いではなく、です。
 
 これを読まれて少し混乱する方がおられるかもしれませんので、少し解説させていただくと、先ほど紹介した福音主義神学会の目的に掲げられている「聖書の十全霊感を信じる福音主義キリスト教の立場に立つことを共通の教義とし」という部分においてアッセンブリー教団の信仰は完全にそれに当てはまるので、ペンテコステ派に属するのですが福音派でもあるのです。
 詳細については佐々木正明先生の書かれたこの文章がわかりやすいと思います。⇒「ペンテコステ運動って何?」

 さて、研究会では特に後半にお話をされた山口陽一先生の発表が個人的には大変興味深いものでした。
 まず先生の経歴がユニークでした。4代目のクリスチャンで、曽祖父は明治維新後の日本プロテスタントに大きな影響を与えた海老名弾正から洗礼を受けた、組合教会(会衆派)の人だったと言います。
 海老名弾正は今放映中の大河ドラマ「八重の桜」にも登場するそうですが(見ていないので聞きかじりですが…)、彼の信仰は神道的キリスト教と言われるほどリベラルであり、「聖書はすべてが文字通り事実なのではなく、天地創造や奇跡などは寓話・神話である」
と言い切る考え方でした。
 福音主義とはまさに対極であります。
 実際に山口先生は子供の頃から日本基督教団の教会で育ち、「聖書は間違っている書物だ。だからそれを前提に読みなさい。」と教えられて育ったとおっしゃっていたので、それはかなり衝撃でしたね。
 キリスト教信仰はは聖書の上に建てられます。それはその思惟と生活とを共に聖書の上に据えるのです。しかし自由主義は罪深き人間の移りゆく情緒の上に建てられるわけです。土台にしているものが全く違うのです。
 山口先生は言います。

「聖書が誤りのない神の言葉である、と信じる信仰に立つという事自体が衝撃でした。しかしその信仰に立った途端、聖書が全く違うものに変わりました。生き生きとした素晴らしい基準に変わったのです。」

 献身して入学したのが福音派の超教派である東京基督神学校(現在の東京基督教大学)であり、卒業後は立教大学大学院で学び、日本基督教団、日本同盟基督教団という福音派ではない群れと福音派の群れそれぞれで牧会するという、自由主義と福音主義の橋渡しをする役割が与えられているのではないかと思われる経歴の持ち主です。

 研究発表の中で語られたことで、特にインパクトがあったことは以下の話です。

 第二次世界大戦中に国策でプロテスタント教会が日本基督教団にすべて統合され、当時の教団責任者であった富田満が神社参拝拒否の長老教会を説得するために朝鮮を訪問。平壌の教会で、120名の長老教会代表者と懇談し、
「神社は宗教でないので、儀礼としての参拝をするように。」
と説得しました。しかし、現地の長老派教会の牧師達は譲らず、神社参拝を偶像礼拝として拒否。それに対して富田は
「明治天皇が与えた信教の自由に対する冒涜である。」
と言ったという史実。
 さらに1942年1月、伊勢神宮を参拝して、日本基督教団の発足を報告し今後の発展を祈願したということ。そして敗戦時に日本基督教団の総会で
「天皇陛下の御意志に従って国体護持に励むように
決議し、8月28日に指令を出したという近代日本キリスト教史最大の罪の事実。神よりも天皇に従い続けたプロテスタント教会のトップの姿がそこにありました。

 もちろん終戦後には日本基督教団から心ある群れはどんどん離脱し、新たな教団を設立していきました。その中にはアッセンブリー教団も含まれます。

 日本基督教団自体もだいぶ時を経てからですが、1967年に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を採択し、現在もホームページ上に掲げ続けています。

 福音主義に立つ教会も今は低迷期に入っており、ペンテコステ派が教勢を伸ばし、更にはカリスマ派の勢いが増しています。でもクリスチャン人口自体は増えていません。
 カリスマ派の問題についてここでは触れませんが、やはりこれからの日本の宣教を考えるにはこのような過去の歴史をしっかり知り、検証する作業は不可欠です。

 とにかく神の言葉である聖書を基に、教団・教派を超えて真剣に学び続けるこのような学会があり、参加できたことは私にとっての恵みでした。
 特にゴスペルミニストリーの現場には神学がまだまだ欠けていますから。

 このような機会を与えて下さった大坂先生に心から感謝し、神に栄光をお返しいたします。


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内 容 ニックネーム/日時
毎日お忙しくも、神様の御臨在のもとに充実しておられるご様子、私まで幸せに読ませて頂いております。

教派・教会によって、雰囲気も文化も随分違うんだな〜と、昨年のクリスマスに洗礼を受けた私も感じております。
受洗した教会(新共同訳使用の生真面目な教会)には結局行けなくなってしまい、先月からアライアンスの教会で礼拝しています。
前の教会にいました時は‘御心に従えるよう優等生でいなくちゃいけない! キリストに似た者に訓練されていくことが第一!’と気を張り、肩の力が抜けず、周囲のことも表面的な敬虔度合いのみで裁いてました。
でも、アライアンスの教会は「欠けのある私が、それでも赦され、神様の御前に出ることができる! 神様が共にいてくださる! だから、感謝したい、応えたい」という気持ちが、そのまま教会の雰囲気になっていて…。
‘自力で何かを成したい・証明したいと焦ってた自分、何も分かってなかったな…。人を裁くことも、なんて馬鹿馬鹿しいことだろう!?’と、カルチャーショックを受けました。
受洗して一年も経たない内に 植えられた教会を離れるとは、無責任な事してるな…と、罪悪感とショックが拭えない面もあるのですけれど、
発達障害等 交わりにもハンデや不安のある私には、今の福音派の教会が、体験として癒し・回復・救いです。

今後の玉山さんの学びやご奉仕の上にも、神様の導きと祝福がありますよう、お祈り致します。
どうかお互いに、捕らえられ満たされるクリスマスになりますように☆
九鳥
2013/11/28 18:00
>九鳥さん
良い教会にめぐり合えて良かったですね。
とにかく今与えられた環境で純粋に御言葉養われ、真の礼拝者として成長していかれるようにお祈りいたします。
いつもお読みいただき有難うございます!
たま
2013/12/02 14:15

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