Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 耳触りの良いメッセージの罠

<<   作成日時 : 2013/06/02 00:33   >>

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 神学生として学ぶという事は、実に多岐にわたります。
 でもその学びの中心は聖書そのものであります。それが神学であり、それを分類すると聖書釈義(解釈学)、歴史神学、組織神学、実践神学といった学びになります。
 神学生は単に学問として神学を学ぶわけではなく、「神が愛を基にして人間に語られた言(ロゴス)を正しく理解し伝える」ために学ぶのだという事が、学びを重ねるうちに実感としてわかってきました。
 特に聖書の御言葉を取り次ぐ説教者としての訓練を受けるようになってからは、「神の啓示を解き明かし伝える」という本来あるべき姿から離れ、自分の考えに御言葉を当てはめてしまうことの危険性を恐れを持ちつつ感じるようになりました。

 神学はそのための背骨であり、背骨がなければ体を立たせ支えることが出来ないように、神学のないキリスト教はリーダーによっていかようにも変質させることが出来てしまうのです。

 先日ある牧師がこんなことをブログに書いていました。(長いので文章は私が要約しています。)
 三浦雄一郎さんが80歳にしてエベレスト登頂に成功した。
 それは彼が、
「76歳というそれまでの世界記録を塗り替える
 という目標を持ち、その夢に向かってトレーニングを積んで努力を重ねたからだ。

 あなたの人生に夢はあるだろうか?
 あなたの夢があなたの明日を作る。私たちが持つべき夢は、自分に与えられた使命を全うすることだ。自分に与えられた使命を成し遂げる夢を持って、走り続けて行こう。あなたの今日の夢が、あなたの明日となるからだ。

 そしてこの方はピリピ人への手紙3:13〜14を引用しておられました。
 兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。

 私はこれを読んだ時に驚いてしまいました。
 その話と、その聖書の箇所はそんな風につながらないからです。

 ピリピ人への手紙はパウロがピリピの教会へ宛てた手紙です。
 その執筆の目的はいくつかあるのですが、この方が引用した3章についていえば、ユダヤ教主義者の危険を指摘し、誤った完全主義者の危険を指摘することでした。
 パウロは生粋のユダヤ主義者でしたし、イエスの反対者でした。しかし復活したイエスご自身との劇的な出会いによってそれまでの人生が180度変えられ、生涯を賭してイエスの福音(ゴスペル)を伝える伝道者になったのです。
 彼は律法を中心にしたユダヤ教主義が何の救いにもならないことを体験し、キリスト者を迫害してきた過去をイエスが赦して下さったことを体験したがゆえに、3:13〜14で、
「後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ」
 と言っているんですね。
 そして彼のそのような過去の傷、負い目が、たびたび自分を苦しめていたのでしょう。でもイエスはそんな自分を赦し、使徒として召して下さった。だから過去に目を留め続けるのではなしに、神がイエスの十字架の贖罪を通して用意して下さっている神の賞与、すなわち、神の子とされ、永遠の命を得て神の都に住まう望みに向って生涯を走り続けているのだ、と彼は告白しているのです。
 パウロの生涯とは、イエスによる救いを命がけで伝え続けることでありました。

 パウロにであれば
「自分に与えられた使命を成し遂げる夢を持って、走り続けて行こう。」
 というブログを書いた牧師の言葉は当てはまります。

 でも果たして読み手にそれは伝わるでしょうか。

 おそらく大半の人は、
「三浦雄一郎さんのように自分の夢をしっかり持って努力すれば、無理だと思われることも成し遂げることが出来る。」
 そのように受け取るでしょう。
 
 それは確かにそうなりえますし、人生の実際的な教訓であります。三浦さんのチャレンジと成功は凄いことだと素直に驚きます。

画像

 でもこの牧師が引用した聖書箇所のメッセージではないのです。

 これは聖書のメッセージではなく、人生を応援し自己実現を促すためのメッセージです。
 確かにタイムリーなネタですし、とても耳触りの良い、元気の出るメッセージです。しかし聖書は一言も彼の言わんとしていることは伝えていません。
 彼のメッセージの主体は「あなたの夢」です。その夢が自分に与えられた使命だと言います。
 三浦さんにとっての夢=使命は「80歳でエベレストに登頂すること」だったのでしょう。

 では私が仮に
「10年後には年収1億になる」
 という夢を持ったとします。とするとそれが私の使命になるのでしょうか その夢=使命に向って努力することが神の賞与を得ることなのでしょうか

 パウロ流にいうなら「断じてそうではない。」(口語訳)
 新改訳では「絶対にそんなことはありません。」
 新共同訳では「決してそうではない。」

 これはパウロだけがローマ人への手紙とガラテヤ人への手紙のみで12回も使っている強い否定の言葉です。またパウロはこうも書いています。
今わたしは、人に喜ばれようとしているのか、それとも、神に喜ばれようとしているのか。あるいは、人の歓心を買おうと努めているのか。もし、今もなお人の歓心を買おうとしているとすれば、わたしはキリストの僕ではあるまい。
(ガラテヤ人への手紙1:10)

 ガラテヤのクリスチャンたちは、パウロが宣べ伝え、自分たちが一度は受け入れたキリストの福音から離れてしまい、誤った福音もどきの教えを広めかき乱す者・論敵たちの主張に影響を受けていました。パウロはガラテヤ諸教会の現状に大いに驚き、真の福音に立ち返らせるためにこの手紙を書きました。

 耳障り良い、時事ネタや個人の体験談満載の楽しいメッセージは今教会中にあふれています。それは人々の歓心を買います。
 しかしそれは私たちを真理から遠ざけ、滅びへと導きます。これは初代教会から20世紀に至る教会史をひも解くと尚更よくわかります。

 私はまだまだ不完全であり勉強中の一神学生に過ぎませんが、聖書の真理をどこまでも注意深く、聖霊の導きに従って正しく伝える者になりたいと願い、学びを続けています。
 そしてすべてのクリスチャンが、牧師の意見や主張ではなく聖書の御言葉に聞き従えるよう霊的な目を養い、自分の教会の牧師が御言葉の学びに専心できるように祈ることが大事であると伝えて行けたら・・・と願います。

 耳触りの良いメッセージには、サタンの罠が仕掛けられているかもしれません。


感謝しつつ。
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