Tama’s ゴスペラー日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 初礼拝説教

<<   作成日時 : 2013/05/19 00:29   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 1

 前回のブログに事の顛末を書いたのですが、私がこのタイミングでインフルエンザB型に罹り、引き込まざるを得なかった大きな理由は何か。
 私は即座にピンときました。
 その週明けの日曜日、5月12日に私が初めて「礼拝」説教を担当することになったからだ、と。
 
 これまでICGCのリハや池ゴス、ゴスペル関連の集会ではたくさん聖書のメッセージを取り次がせていただきました。
 私も神学生としての学びも3年目を迎え、主任牧師である佐布先生が日曜の第2礼拝においていよいよ私を立たせて訓練する時期が来た、と判断されたのでしょう。

 
画像


 1か月前にそのことが決まってから、さすがに私も気が引き締まりました。
 神がご自身の言葉として、聖霊によって多くの著者を用いて約1600年の歳月をかけ完成させた新旧66巻。これを取り次ぐということは、人間にとって最も責任重大な務めであり、神に召された者でなければ安易に携われるものではありません。
 その半端ない重さについては、神学校で学ぶようになってから改めてわかったことなのですが…

 また中央福音教会という約50年の歴史がある教会で、1965年から今に至るまで講壇を守って来られた佐布先生の背中をずっと見てきた者として、神の啓示真理を誤って伝えてしまうことの恐ろしさも感じました。
ただし預言者が、わたしが語れと命じないことを、わたしの名によってほしいままに語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は殺さなければならない』。
(申命記18:20)

 旧約の律法では、神の言葉を預かる立場の者には死のリスクがあるくらい、とにかく重い務めが説教なのです。
 
 神は私のスケジュールをすべてストップさせて、説教への備えに専心するようにさせた・・・

 そう私は確信しました。

 そのことを悟った私は、怠い体ではありましたが、日中の誰もいない部屋でひたすら祈りました。
 幸いなことに説教することが決まった直後の教団の教区聖会中に、ある先生と立ち話をしていた時に取り次ぐべき聖書箇所が与えられ、それ以来ずっとその箇所が目を閉じると正面に浮かび上がってくる感覚が続いていました。
 それはヨハネによる福音書5:1〜9で、ベテスダの池における癒しの奇跡の記事でありました。

 とにかく祈り、聖霊の導きを求め、聖書の本文を複数の訳で読み、ギリシャ語の原文をひも解き、複数の注解書にあたる・・・
 インフルエンザのおかげで、3日間そのように過ごすことが出来ました。
 何という神のご配慮。恵みなのでしょう

 そして金曜日にはインフルエンザも治まりました。するとそれを待っていたかのように臨月を迎えていた娘が産気づき、彼女を車に乗せて病院まで運ぶことが出来ました。
 私が仕事中であったら当然出来なかったこと。彼女の夫も仕事中で車を持っていませんから、神はこんなことまで絶妙の采配を振るって下さいました
 そして土曜日の夜、私にとっては2人目の孫となる女の子が無事誕生

画像


 そのように治まるべきことがすべて治まって、初説教となる5月12日を万全の態勢で迎えることが出来たのです。
 
 午後2時からの第2礼拝は、くしくもこの日からゴスペル礼拝を復活ということで、もう一人の先輩神学生でもある美和ちゃんがワーシップリーダーとして立てられていました。
 そして関口先生による案内用黒板まで入口に掲げられ・・・

画像


 しかもいつもは第1礼拝だけで帰られる引退された元宣教師のT先生も残って下さり、「ああ、皆さんに祈られているんだなぁ・・・」と自らの幸せを主に感謝しました。
 ICGCのメンバーのアクジ―や池ゴスシンガーズのかおりちゃんも来てくれたな。本当に感謝ことです

 私は前半は会衆の中で、美和ちゃんの聖霊に導かれたリードで思い切り賛美し、講壇に立つ時にはまったく緊張せずにいられました。
 大大ベテランであるだけでなく日本を代表する神学者・佐布先生ご夫妻、大森先生、関口先生の注目が注がれているわけですから、ある意味すごいシチュエーションなのですが、圧倒的な聖霊の守りと導きの中で御言葉を取り次ぐことが出来ました。
 しかしそのような中でも、もっと確信を持ってあの箇所を伝えるべきだった、とか、あそこは言葉足らずだった、とか、後悔や反省もたくさん湧き上がってきました。

 礼拝後、佐布先生からマンツーマンで評価を頂く時間が与えられ、そこでは今回の説教内容の神学的な課題を的確に指摘されました。
 あれほど祈って真剣に御言葉に向き合ったにもかかわらず、自分はまだまだ我が師の足元にも及ばないひよっこであることを痛感させられました。しかし、

「この兄弟があなたに召し出され、真剣にあなたの御用のために仕えようとしていることを心から感謝します。これからもこの兄弟を聖霊で満たし強め、あなたの御用にふさわしい者としてお用い下さいますようにお願いいたします。」

 そのように祈って下さって、涙が出るくらい感動しました そして励まされました。

 こうして記念すべき初礼拝説教の日が終了しました。
 
 当面9月までは第2日曜日の第2礼拝で、説教の御用を担当することになりそうです。
 日々訓練であります。

 背後で積まれている多くの熱い祈り。そして神ご自身の特別なご配慮。

 神の驚くべき愛と救いを大胆に、正しく取り次ぐことの出来る者としてたゆまず研鑽することが出来るように、お祈りいただければ幸いです。


感謝します にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
信頼し尊敬する、師に巡り合えた玉さんに神さまの祝福が注がれているのが分かります
牧者佐布先生に万歳!
須藤
2013/05/20 08:01

コメントする help

ニックネーム
本 文
初礼拝説教 Tama’s ゴスペラー日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる