Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 不動で不変な方を見て

<<   作成日時 : 2013/04/25 01:45   >>

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 毎週火曜日に行われているICGC(池袋センターゴスペルクワイア)のリハ。
 その中では10年前のスタート以来ずっと、教会の伝道師である関口先生によって聖書のメッセージが語られてきました。
 2年前に私が神学生になってからは、隔週でメッセージの担当をさせて頂くようになりました。

 ゴスペルを熱く賛美することで人の心は解きほぐされ、神の霊(聖霊)によって神を感じることが出来るようになることは本当に素晴らしいものです。ICGCは特に熱いと思いますよ

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 しかし、それだけで人は救われません。
 道端・石地・茨の中に落ちた種のたとえ(ルカによる福音書8:11〜14)のように、神の言葉の解き明かしがされ、ひとりひとりの内側に神の愛と救いの恵みがしっかりと根を張らなければ、ちょっと芽を出しても決して実ることがないのです。
 ですから聖書の言葉を取り次ぐことはICGCによって生命線だと強く思わされています。


 さて、今週のリハの中で取り次がせていただいた聖書の御言葉は、ヘブル人への手紙13:5後半〜8でした。愛と力に満ちた素晴らしい御言葉です。
主は「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。 だから、わたしたちは、はばからずに言おう、
「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」。
神の言をあなたがたに語った指導者たちのことを、いつも思い起しなさい。彼らの生活の最後を見て、その信仰にならいなさい。
 イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。

 ヘブル人への手紙は、イエス・キリストの十字架刑へのつまずき、迫害の恐怖、イエス・キリストの再臨の遅延感など、信仰的失望や背教の危険性に直面していたユダヤ人クリスチャンたちに宛てて書かれました。
 彼らにイエス・キリストの贖いの一回的、永遠の成就を旧約聖書との関連から論証し、救いが完成する希望とさばきの警告とを提示し、それによって彼らを励まし慰めるために執筆されました。

 なぜ彼らの心は揺れ動いて、信仰の確信も揺らいでいたのでしょうか。
 それは目の前にある現実、問題にばかり目を向けていたからです。

 「確信」とは、建物でいえば鉄筋のようなものです。鉄筋がなければ、建物は嵐や地震で揺り動かされます。そのように、信仰の確信を失えば、私たちは人生の嵐に翻弄されます。
 では、信仰の確信とはどこから来るのでしょうか。それは神の御言葉からです。神の御言葉は信仰の鉄筋のようなものです。
 今から7年ほど前に、建築物の耐震強度を偽装する事件が日本中を騒がせました。元1級建築士らは建物の鉄筋の数を本来あるべき数より減らしたわけです。見た目には頑丈な建物ですが、地震が来たときに果たして耐えられるでしょうか。
 
 では私たちの人生に置き換えるとどうでしょうか。
 自分の人生をより良いものにしようと自己啓発的な本や、成功者の経験を書いた本を読み漁って生き方の基準にしたりする人がたくさんいますよね。でもそういう価値観やノウハウは、時代や状況が違えば通用しなくなったりします。
 また、金銭や所有物に執着し自己を充足させようとする生き方が常識化してはいないでしょうか。
 しかしこれらのものすべては不変ではなく、いつかは使い物にならなくなり、心を完全に満たすことはないのです。

 私はこれこそ人生の耐震偽装だと思うのです。

 人の言葉や理屈で人生を建てあげるとするなら、それは人生の耐震偽装です。
 人生の嵐が来た時に、もろくも崩れ去るでしょう。
 きのうも、きょうも、いつまでも変わらないものが人生の鉄筋でなければなりません。きのうも、きょうも、いつまでも変わらないもの……それはイエス・キリストであり、神の御言葉です。
 現実はいつも変化します。ですから、いつも現実だけに焦点を合わせていると、右に左にと振り回されます。

 こんな例が実際にあります。
 今から10年ほど前の話ですが、ある学校でビデオの上映会を開いた時のことです。その頃はまだビデオカメラの手振れ防止機能が今ほど発達しておらず、映像の手ぶれがひどくて微妙に揺れ続ける画面が続いたそうです。その内に、車酔いのような症状で倒れる生徒たちが続出したそうです。
 揺れている画面に焦点を合わせていると、自分までが揺れている気分になって、車酔いのようになってしまったわけですね。
 このように、私たちが揺れ動く現実に焦点を合わるなら、気持ち悪くなって倒れてしまいます。
 揺れ動くものではなく、動かないものを見てください。変化するものではなく、変化しないものを見てください。それは、きょうのも、きょうも、いつまでも変わらないイエス・キリストです。神の御言葉です。それが、目に見える現実に振り回されない秘訣です。

 真の神は永遠の昔から永遠の未来まで「有って有る者」(出エジプト記3:14)です。
 この神がその霊(聖霊)によって著者に働き、ご自身の言葉として残して下さったのが聖書で、

「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」

 というこの御言葉は旧約聖書の申命記31:6〜8の引用ですから、紀元前1200年頃の話であります。それがヘブル書の書かれた紀元67〜70年頃に再び聖霊によってまた記されたのです。そして現代の私たちがこうして読むことが出来、圧倒的な力と慰めを持って私たちの心を打ち抜く。

 このお方が私たちの神なのですから、最強の助け主だ とはばからずに宣言しようじゃありませんか

 さらには神が私たちを決して離さず捨てない証拠として、イエス・キリストを救い主として遣わしてくださいました。
 
  イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。

 というのは、歴史上1回だけ起こったイエス・キリストの十字架の死だけが私たちの罪の身代わりであったこと(贖罪の一回性)。
 そして3日目の復活が、救いの最終性とその永遠有効性を現わしているという宣言です。

 イエス・キリストこそ不動の基準です。不動の価値観であり、目標です。このお方に目を注ぐ限り、私たちは目に見える現実に振り回されません
 いつまでも変わることのないイエス・キリストを、いつまでも変わることにない御言葉を、どうか見失わないでください。

 
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