Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS ICGCの年頭メッセージ「喜び・祈り・感謝」

<<   作成日時 : 2013/01/09 23:51   >>

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いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。
(テサロニケ人への第1の手紙5:16〜17)

 2013年。皆さんはどんな新年を迎えたでしょうか。
 新しい目標や決意など私はしないタイプなのですが、ICGCというゴスペルクワイアのリーダーとして立たされてから、毎年この時期には今年このクワイアがどのように歩むべきなのかを神に祈り求めます。
 そこで、ICGCが10周年を迎える今年の始めに示されたのが、冒頭に掲げたこの有名な御言葉です。

 私たちが歌っているゴスペルミュージックには、絶望、あきらめ、嘆きは皆無です。
 逆に喜び、祈り、感謝のオンパレードです。たとえどんな曲であっても、です。
 一般の音楽には喜びも歌われていますが、別れ、裏切り、嘆き、悲しみを紛らわすような内容がたくさん歌われていますよね。ゴスペルミュージックが一般の音楽と一番違うことは、この内容の差だと思うのです。

 しかし、ゴスペルミュージックを生み出したアフリカンアメリカンは絶望の中にいました。
 自らの意思とはまったく関係なく強制的に奴隷としてアメリカに連れて来られ、生きるのに最低限の食料と住まいが与えられるだけで、死ぬまで強制労働させられていたのです。
 明日への希望が見えない。まさに絶望、あきらめ、嘆くしかない状況です。しかし皮肉なことに彼らは、彼らのみすぼらしい住まいに流れてくる主人たちの礼拝の様子を日曜ごとに聞いていたのです。
 そこで語られる聖書の言葉に、歌われている賛美歌に彼らは希望を見出すようになりました。そして自らの体に刻まれたアフリカの大地のリズムで神への希望を歌い始めました。

やがて自分たちは辛い毎日から解放されて、JESUSによって神の御許へ行ける

そこには涙もなく、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない


 これが黒人霊歌であり、ブラックゴスペルのルーツです。
 ゴスペルミュージックは幸せな状況下で生まれたのではなく、人間的な目線で言えば八方ふさがりのような極限の中で生まれた音楽だということなのです。

 さて、この冒頭の有名な御言葉を書いたのはパウロという人です。彼はクリスチャンを迫害していたリーダーでしたが、復活したイエスに出会い180度変えられてイエス・キリストによる救いを命がけで世界に出て行って伝道した人であります。
 この御言葉は、ギリシャのテサロニケのクリスチャンに向けて書かれた手紙の中にあるのですが、彼はテサロニケで伝道する直前、マケドニアのピリピ(下の地図ではフィリピ)という場所で伝道していました。

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 その街で占いをしている女奴隷が気がふれたように彼らに付きまとってくるので、パウロはイエスの名によって彼女をコントロールしている悪霊を追放しました。その結果もう女奴隷は占いをすることが出来なくなったのですね。
 その女に占いをさせることによって利をむさぼっていたユダヤ人たちは、パウロたちに憤り、捕えて、鞭打ち、投獄してしまうのです。鞭打たれた背中は引き裂かれ、しかも何十キロもある足かせ手かせをはめられたパウロたちの苦しみは筆舌に尽くしがたいものがあったことでしょう。
 しかし彼らは真夜中の獄中で祈り、賛美を歌い続けていた、というのですから驚きを禁じえません。他に投獄されていた囚人たちは、真夜中にも関わらず彼らの祈りと賛美に聞き入っていたそうです。それだけ鬼気迫るものであり心打つものであったのでしょう。

 そんな中、突然大地震が起こり、牢獄は崩壊してしまいました。

 囚人というのは折があればいつでも脱走したいと考えているものですから、牢獄を管理している獄吏は当然囚人たちが逃げてしまったものだと思いました。当時の規則では脱走犯が出た場合、獄吏の管理責任が問われ死罪もあり得たといいますので、この獄吏はその前に責任を取って自害しようとしたのです。しかし実際は誰も脱走していませんでした。
 聖書にはそれがなぜなのか理由は書かれていませんが、この獄吏がパウロたちに自害を止められてすぐにイエス・キリストを信じ、家族にもそれを伝えて家族も全員イエスを信じて救われたとありますから、パウロたちの極限状況下での祈りと賛美がそこにいた人々の心を揺さぶっていたであろうことが伺えます。

 祈りと賛美には測り知れない力があるのです

 この素晴らしい出来事があった後もパウロたちを迫害しようとする者たちの手は収まらず、パウロたちはピリピからテサロニケへと移動し、そこでも大胆にイエス・キリストの救いを宣べ伝えました。
 その結果テサロニケにはクリスチャンが多く生まれ、教会ができたわけです。しかしこのテサロニケでも迫害の手が迫り、パウロたちはコリントへ移動していきました。
 テサロニケ教会の信徒が心配だったパウロは弟子のテモテを派遣し、帰ってきたテモテからテサロニケ教会の信徒がキリストの福音の中で偶像を捨て、立派に信仰を守っていたことを知らされました。そこでパウロは喜び、励まされ、今度は逆にテサロニケの信徒たちを励ますために書かれたのがこの手紙であり、今年与えられた御言葉なのです。

 このような背後のストーリーがあって初めて
「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝せよ」 とパウロは言っているのです。根拠のないカラ元気で言っているのではないのです。
 しかもこの手紙の少し前で、この根拠をさらに明確に書いています。
神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。
(テサロニケ人への第1の手紙5:9〜10)

 これはすごいことですよ。
 
 私たちの人生も、パウロほどではないにしても順風満帆なわけではないでしょう
 不条理なこと、悲しいこと、苦しいことが前触れもなく襲ってきたりします。また過去に負ってしまった自分ではどうしようもない傷に苦しめられたりします。
 でも神はどんな人でも救いたいと願っておられるのです。そのためにJESUS,イエス・キリストを人として与えてくださり、私たちの身代わりとなって十字架の刑罰を受けるようにしてくださいました。
 だから皆さんに、そのことがわかるように、苦しみの中から生まれた希望の歌・ゴスペルをこのICGCで与えてくださったのではないでしょうか。

そんなこと信じられない

 そう思う人もいるかもしれません。
 でも信じることは理屈ではないのです。それはゴスペラーである皆さんにはわかるでしょう
 賛美していて感じる、内側が燃やされて、なぜか笑顔や涙があふれてくる感覚。これは理屈ではありませんよね。
 これはまさに聖霊。神様の霊が働かれている証なのです。
 誰でも「聖霊によらなければイエスは主であると言うことが出来ない」(コリント人への第1の手紙12:3)と聖書に書いてあります。
 新しい年2013年は、みんながこの場で賛美し続けることによって聖霊が働かれると私は信じています。なぜならそれは神様が望んでおられることだから(cf.テサロニケ人への第1の手紙5:9〜10)です。

 喜び、祈り、感謝するクワイア。

 それが今年のICGCです。

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 私たちと一緒にゴスペルを歌いませんか
ICGC(池袋センターゴスペルクワイア)
リーダー:玉山圭吾
ディレクター:塩谷美和、高田悦子、源奈々勢,田村のぞみ
顧問:関口尚子伝道師

場所:中央福音教会
リハ:毎週火曜日19:30〜21:30
会費:¥2000/月
見学・体験:2回まで無料

☆アメリカの黒人教会で賛美されているゴスペルのスタイルを基本に、「祈り・賛美・聖書のメッセージ・祈り」という本来のかたちでリハーサルを行っています。
 それを理解していただければ、経験・未経験、信仰の有無を問わず誰でも参加していただける教会のゴスペルクワイアです。

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