Tama’s ゴスペラー日記

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<<   作成日時 : 2012/12/31 22:30   >>

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 表題を見て驚いた方がおられるかもしれませんが、クリスマスに戦争という意味ではもちろんありません。
 霊的な戦いあり、外部での賛美の機会あり、教会での礼拝は当然のことですが、クリスマスこそサタン(悪魔)がクリスチャンから喜びと平安を最も奪おうとする時。
 それは神のひとり子としてイエス・キリストが肉体を取られ、人となり、十字架の死によって人間の罪が洗い流されサタンに勝利をしたというのが私たちの信じる福音であり、クリスマスはその福音が成就するためのスタート。だからサタンはそれを妬み、あれやこれやと戦いを挑んでくるのです
 今年のクリスマスは、ことさらにサタンが私たちエクレシヤ(教会)の祝福を妬んでいるのを感じました。

 まずクリスマスも近づいたある日、教会のある姉妹を苦しめていると思われる場所のとりなしの祈りをするために、当事者プラス数人と一緒に出掛けました。
 そこは福島県会津若松市。色々な場所を回って祈り、夕方になって最後に観光名所にもなっている飯盛山に行きました。
 飯盛山はある意味会津地方全体を覆っている「死」への憧れというか、「死」の美化を象徴するような場所。
 なぜならここは幕末に白虎隊が集団自殺した場所であり、日本史ではそのことが美談として語り継がれているからです。

 雪が積もり、もう間もなく日が暮れる白虎隊自刃の地は本当に暗かった・・・

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 弱冠16〜17歳の少年たちが、時の為政者たちのマインドコントロールの末に、戦時下で自殺せねばならなかったのです。それは単に真理を知らされぬが故の悲劇であり不幸でしかありませんが、それを多くの日本人は忠義の鏡として称賛しているのです。
 こういう考え方は現在でも、潔く死を選ぶことが美しいとか、かっこいいという日本人を覆う自殺願望の根っこにしつこくこびりついている気がしてなりません。

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 この暗い石碑に背を向けると、眼下に会津若松市街が広がりその中には白虎隊が目指した鶴ヶ城の天守閣が見えるそうです(私たちは眼が悪く?見つけられませんでした・・・)
 そしてふと空を見上げると、何と不思議なことに2本の雲の柱がそびえ立っているではありませんか
 それは実に不思議な雲で、そこにいた4人全員がはっきり目撃しました。
 私は驚きに包まれながらもすぐに、出エジプトしたイスラエルの民を神が雲の柱と火の柱で導かれた旧約聖書の記事を思い出し、みんなで手を取り合ってすぐにとりなしの祈りに導かれました。

 命は主なる神からの賜物であり、人間は神の栄光を現わすために造られたこと。飯盛山も会津地方も日本も全知全能なる神の物であること。私たちを死へいざない殺そうとするサタンは御子イエス・キリストの前に敗北者であること。
 大声でイエスの御名によって宣言しました。

 祈り終わって再び空に目をやると、すでに2本の雲の柱は消えていました 祈っていた時間は10分くらいでしょうか。

 私たちはこの不思議な現象を通して、これからも神ご自身が私たちを明確に導き進ませて下さるという確信が与えられました。もちろん霊的な苦しみを抱える姉妹に対しても、です。
主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。 昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。
(出エジプト13:21〜22)

 
 23日は教会でクリスマス礼拝でした。そして24日は教会のシンガーズ5人で柏めぐみのうたキリスト教会に招かれてのコンサート、そして夜はまた教会に戻ってキャンドルサーヴィスでした。
 特に柏での集会は、1時間半の全部を私たちにお任せという「礼拝」であることがわかり、賛美・証・メッセージすべてをしなければなりませんでした。それが判明したのもかなりギリギリになってから。
 しかもシンガーズのメンバーそれぞれに信仰的な戦いが渦巻いている状態で、事前に5人全員がそろってのリハーサルは結局出来ませんでした。
 何人かずつ集まってというリハを3回。これはかなりのチャレンジではありました。
 でも確信があったのは、これは私たちの意志ではなく神ご自身がひとりひとりのメンバーをみこころによって召し、この奉仕に引き出されたということ。
 ひとりはディズニーランドのイベントでゴスペルを歌ってほしいというオファーが重なっていたんですが、その華やかなステージで歌いたい願望と、教会のキャンドルサーヴィスを優先させるべきという聖霊の導きの葛藤でモヤモヤしていた時にこの柏での賛美の話が具体化し、神のみこころに抗えない状況になっての参加となりました。
 またひとりは長年抱えている過去の傷から来る劣等感、疎外感などからサタンが送ってくる、
「賛美など出来ない。賛美する資格などない。」
 という思いとずっと戦っていました。
 この2人は前日まで、果たして来れるのか という状態。
 またひとりは、救われてから間もなく一気に複数のゴスペルディレクターとしての働きが与えられ、やるべきこと学ぶべきことが同時進行でいっぱいいっぱい。平安がないような状態。
 さらには連日の激務で疲労困憊。起きたら気持ち悪くて集合場所に来れない・・・という者がひとり。
 当日何とか主の憐れみで私以外の3人は集合場所に集まることが出来たのですが、この動けない姉妹は賛美の意志は明確だったので急遽彼女の家に車を回し、フラフラの彼女をピックアップして柏に向ったのでした。
 途中嘔吐しつつも柏に到着。

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 教会の皆さんの手作りのご馳走を頂けるくらいに回復し、

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 クリスマス賛美礼拝をスタートすることが出来ました

 賛美が始まるともうサタンは手出しできません

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 ただ主を仰ぎ見て全身全霊で賛美し、主を伝え、崇め、礼拝しました。
 そしてピリピ2:6〜11をテキストに、神であるイエス・キリストが人となって来て下さった究極の謙遜。それは私たちが滅びることなく永遠の命を得るためなのだ、ということをメッセージさせて頂きました。
 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、 かえって、おのれをむなしくして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。 それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。 それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。
 
 柏での幸いな時を終え、とんぼ返りで教会に戻り、すぐにキャンドルサーヴィス。
 ここで残念ながら体調不慮のメンバーはダウンし、ずっと教会の一室で床につかざるを得ませんでしたが、1時間半の賛美に耐えられたこと自体が主の奇跡でした。もちろん今はすっかり元気になっています
 私と2人のメンバーはICGCとして2曲賛美させていただき、もう一人のメンバーは会衆席で礼拝に参加。

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 また子供たちや聖歌隊の賛美も素晴らしく、心から御子イエス・キリストの降誕を喜び、感謝することが出来たのです

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 こうしてサタンとの戦いの連続は結構疲れましたが、どんなに疲れたとしても主イエスがすでに十字架と復活で完全にサタンに勝利しているので大丈夫です
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
(ローマ人への手紙8:37)

光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
(ヨハネによる福音書1:5)

 
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
(。´∇`)ぁヶぉめっ★
クリスマスと新年をお祝いできることに感謝ですでも、本当の意味を知らない人が多いだけに、今年はもっと伝えていきたいと思っています(´;ω;`)
ミルクレープ
2013/01/01 09:12
>ミルクレープさん
私たち一人一人が主の証人として用いられるように。そう祈りつつ御霊を求めていきましょう!!
たま
2013/01/02 01:04

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