Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 2012年NYゴスペルツアーの意義 「救い」

<<   作成日時 : 2012/10/21 00:21   >>

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 ツアーから帰国し1ヶ月が過ぎようとする今、神がなぜこのツアーを私たちに企画するように促して実施させてくださったのか、祈りの中で思い巡らしています。
 ツアーは終わっても神のご計画に終わりはないので、結論というのは出ないのですが、現時点で受け取った恵みを書き留めておきたいと思います。

 まずは魂の救いです。

 これはゴスペルミュージックをミニストリー(伝道)に用いている時点で常にナンバーワンの理由で、絶対に揺らぐものではありません。
 そのミニストリーの中でも、ゴスペルミュージックの本場であるアメリカの黒人教会を体験するという事は、大抵の人なら魂が揺さぶられます。
 日本でゴスペルを歌っていてもかなり心を揺さぶられますが、アフリカンアメリカンたちの生活に根付いたゴスペルの渦の中に放り込まれると、理屈抜きで大きな力がそこに働いているのがわかってしまいます。
 これを体験してもらうこと。そしてそれはどうしてなのかを伝えるのがツアーの目的です。

 今回の参加者の中で、まさに神の大きな御手によって連れて来られたんだなー としか思えない子がいました。
 その子は6月のICGCのリハに初めて見学に来ました。
 その日のリハの後の事務連絡で、たまたま偶然に9月のNYゴスペルツアーのチラシを配り、ツアーへの参加をアピールしたんですね。
 リハ後に彼女に声をかけると、舞台俳優を目指していたけれども、その目標に一区切りつけて実家のある栃木に帰ると話してくれました。栃木から池袋に毎週通うことなど実質上無理ですから、その時は、

「また来られる時があったらいつでも来てくださいね。」

 と声をかけざるを得ませんでした。

 そして数日後、その子・Mちゃんからメールが届いたのです。

「伺った時に案内していたNYゴスペルツアーに参加したいのですが大丈夫ですか?」

 びっくりしました。
 初めて見学したゴスペルクワイアで、初めて聞いたツアーの案内だけで参加申し込みなんて有り得ない!そう思ったからです。

 その後NYツアーのためのリハーサルが3回あったのですが、彼女は確か1回くらいしか参加できなかったんじゃないかな?でもその時に、同じく栃木県から参加する池ゴスの常連さんであるクリスチャン・弥生さんが声をかけてくれてたんですね。
 弥生さんは長年ゴスペルを歌い続けていながらも、なかなかクリスチャンにならなかった人なんですが、大きな病を経験したことなどから心の壁が崩れ落ちてクリスチャンになった方。
 明るく社交的で、クリスチャンではない人にも積極的に声をかけてくれる素晴らしいキャラクターの持ち主です
 その彼女が、「Mちゃんは知り合いもいないみたいだし、私の家から近いので、成田まで車で一緒に行かないかな?」と思ったらしいんですね。こういうふうに思うことがすごいなぁと思いますね〜。
 Mちゃんとしても渡りに船で話がまとまり、それをきっかけにして弥生さんは自分が所属する峰町キリスト教会の礼拝にも誘うという早業 そしてMちゃんも教会に何度か行くようになり、NYツアーを迎えました。

画像
            (弥生さんやMちゃんたち栃木組と)

 この時点で、Mちゃんはこのツアーで救われる と私は確信を持って祈っていました。部屋割りも同い年でもあるウチの教会ののぞみと同室にしました。

 ツアー中は個人的に話したりする機会はありませんでしたが、最終日の夜、私とユタカの部屋を解放しての分かち合いの時に、その時は訪れました。
 毎回のツアーで、この時間は必ずかけがえのない時間になります。
 強制はしないので全員が集まるわけではありません。でも夜が更けるに従ってひとり、またひとり、と集まってきて、最後には30人くらい集まったでしょうか。

画像

 
 ひとりづつツアーで感じたことを話してもらううちに、それぞれがどんな気持ちでツアーに参加したのか、とか、来てみて何を思い、何を受け取り、自分がどうなったのかなど、普段はなかなか打ち明けることのない赤裸々な心の内面を吐露していく参加者のみんな・・・
 ひとりひとりが語るどのストーリーにも愛を基とした神の介入がありありと感じられ、そのことにひとしきり感動し、泣き、恵みに感謝し、祈らずにはいられなくなりました。
 4時間近い分かち合いの最後に代表して私が祈り、そのまま信仰の招きに導かれました。

「この中にいる、まだJESUSを自分の救い主として受け入れていない人で、今からJESUSを信じて生きていこうと思う人がいたらちょっと手を上げて示してくれませんか?」
 
 そこには聖霊の働きが明らかにあって、複数の人の心に変化があったのは感じたのですが、そこで手を上げた人はいませんでした。
 続いて、

「クリスチャンの方に伺います。このツアーを通して主なる神の豊かな恵みを受け、もっと真剣に神に従って行きたいと決心する方、今まで生ぬるい信仰だったと悔い改めて、新たに神に献身したいと思われる方は手を上げて下さい。」
 
 すると多くのクリスチャンが手を上げました。
 そこで、今主に迫りを受けてはいるけれども勇気を持てなかった人のとりなしと、クリスチャンの参加者が聖霊に満たされ力を受けてイエス・キリストを伝えていくことが出来るように祈らせていただき、お開きとなりました。

 この時点で1:30。始めたのが21時過ぎだったので相当な時間が経過しています。

 さすがに翌朝の集合時間を考えて多くの人は自室に戻っていきましたが、まだ動きたくない人たちが7人くらい座ったまま。
 そこで自然に、もっともっと深い霊的な分かち合いの部がスタートしてしまいました
 
 この7人の中にはMちゃんも残っていて、みんながひとしきりディープな分かち合いで涙を散々流した後、最後にMちゃんに私は話を振ったのです。
 そこでは実はお母さんがクリスチャンで、子供の頃は日曜学校に通っていたことを話してくれました。そして、

「ツアーの中で一番印象深いのは、今日の礼拝ですね。教会に入った瞬間、ここはわたしがいていい場所なんだってすごい安らぎを感じたんですよ。そして礼拝していることがとても自然で幸せな感じで・・・」

 私には今こそが彼女の救いの時だという確信が与えられていたので、はっきりと決心を促しました。

「ほう。そうだったんだ。それは素晴らしい体験だね。でもそれはそうと、それを経験して、君はこれからどうするの?どういう風に生きていくの?
 クリスチャンのお母さんのもとに生まれて、でも神様から離れて生きてきたんだよね?
 そのことを悔い改めて、JESUSがMちゃんの神から離れていた罪を身代わりに負って十字架にかかって下さったことを信じることで、新しい人生を生きたいと思わないか?」


 1:30を過ぎても自室に戻らずこの部屋に残った時点で、もう彼女の中にJESUSを信じたいという思いが漠然と湧き上がっていたのに違いありません。でもそれをどんな風に表現したらいいのかわからなかったんだと思います。
 私の促しに対して彼女は力強い口調で、

「信じます。そして悔い改めます。」

 はっきりと宣言しました

 その瞬間、そこにいた女性たち、特に同室ののぞみは床に突っ伏して号泣でした
 私は事前にMちゃんと同室にする意味をのぞみに伝えていたし、のぞみも毎朝目覚めてから部屋で二人で朝食を取りながらMちゃんの話を聞き、毎晩彼女の救いのために祈っていたそうです。
 それだけに目の前でMちゃんが信仰告白した瞬間に突っ伏したのもよくわかります。

 その信仰告白を明確なものとするために、悔い改めとJESUSを自分の主として迎える祈りを導き、分かち合いの第2部も素晴らしい祝福の内に終了しました

 その時3:00

 でもひとりの魂が救われるためならば時間など関係ありません。

***********************************

 ツアーから帰って間もないICGCのリハにMちゃんは顔を出してくれ、10/14に中央福音教会で行われた「エクレシヤコンサート」にも来てくれたんですね
 いずれの時も喜びがあふれていて、聖書の御言葉をもっともっと知りたいという思いでいっぱいだと話してくれました

画像
      (エクレシヤコンサートでツアーメンバー再会!!)

 そして自分の日記にこんなことを書いていました。
 actorを目指すなかで自分自身に疑問を感じて、遂にどうにもならなくなった時に、中央福音教会で改めて歌ったgospel 。

愛に満たされて涙が止まらなかった。
この歌が歌いたかったんだ!!!

虚勢をはるのはやめよう。

どうか、そのように歩いていけますように。


《Gospel コンサートに行ってきました☆》

写真以外にも沢山のNY ツアーの仲間とも再会!!!
今日の出会い、再会、歌、メッセージが、明日からのそれぞれの日々にどれだけの糧を与えてくれることか..

 10/14のエクレシヤコンサートで語られたメッセージはここでした。
「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。 15:5そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、 15:6家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。 15:7よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。
(ルカによる福音書15:4〜7)

 ゴスペルツアーの意義。それはここにあります。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ハレルヤー!!!
3年前の私も、本当に神様の前にもう一度、立ち返って、捧げたいと思わされました!
自分が参加できなくても、主にあって、魂の救いの喜びを体験させていただけるのも感謝です。
神様ほんとうにすばらしいです。
nagako
2012/10/22 22:19
>nagakoちゃん
毎回神様は時にかなった御業を見せて下さる。
3年前のツアーはnagakoちゃんの献身のきっかけにもなったツアーだったかもしれないね。
たま
2012/10/27 17:20

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