Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 主の山に備えあり 神学校生活2

<<   作成日時 : 2012/02/12 00:31   >>

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 駒込山の神学校生活も後半。金土の授業は久保田潔先生(杉田キリスト教会牧師)の牧会学でした。
 牧会学とは牧師が教会を管理し、その群れを養い導くための学びです。
 もちろん基本的な原則はあるのですが、教会に100名いれば100通りの牧会があると言われるように、まさに教会の現場で起こるひとつひとつの出来事に聖書と聖霊から知恵を求めて、キリストの愛で対応していくことが牧会です。
 先生がゼロから教会開拓して今に至るまでの豊富な経験談を交えた授業は臨場感にあふれ、それが授業であることを忘れてしまうほどでした。
 ここで詳しい内容を書く事は出来ないのですが、あるシビアな例話を挙げられ、

「クリスチャンホームの子供はどんなに教会から離れたとしても、祈られているし、神の憐れみによって必ず呼び戻されます

 この話の時は、自分の長男が重なって感極まってしまいました…。またもや授業中に落涙です
 彼は反発しているわけではありませんが、今私の実家の焼き肉店で修業しており、結果的には教会から離れていますから。

 それはさておき、週の半ばには夜の祈祷会があり、小グループに分かれてがっつり祈る時間が与えられたのも恵みでした。

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 全体の祈祷課題、グループになったメンバーの個人的なリクエスト、そして自由な祈り・・・ 山籠りの前まであまり話す機会もなかった本科の神学生がとても身近になり、同じ召しを受けた同志としてすごく近くなった気がしました。

 また木曜の夜には本科と通信科の懇親会が持たれ、自己紹介、聖書を題材にしたゲームに加え、私は通信科を代表して証をすることになりました。

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 5分以内で・・・と限られた時間の中でありましたが、改めて自分がなぜ献身に導かれたのかを思い起こすと、ち密で驚くべき神の御手が働かれていることを痛感せずにいられないのです。

 献身者の召しはひとりひとりユニークで、平均的にくくることなど出来ないのですが、大体学校を卒業し数年働いてから神学校に導かれてくることが多いのです。年齢で言うと20代後半といったところでしょうか。事実本科生の多くはその年代です。(もちろん例外もたくさんあります)
 でも私は15歳という若い時に信仰を持ちながら社会人を25年経験し、信仰を持って32年も経ってから神ご自身に押し出される形で神学校へと導かれたのです。
 今私は、神があえて一見遠回りとも思えるその経験を積ませたのだ、と確信をもって言うことが出来ます。
 この長い年月の間に神はこんなにたくさんの経験を与えて下さいました。
1.多くの牧師・伝道師と旧知の関係
 去年神学校の入試を受けた時、ほとんどの先生が神学生だった時に中央福音教会に派遣で来ておられ、すでに顔見知りだったんですね。そのおかげで全くアウェー感がなく学びにも諸集会にも臨むことが出来ています。またそれらの先生方にも祈っていただくことが出来ます。何という守りでしょうか
 また教団を長年支え、神学校長としても長年教鞭をとっておられた佐布先生のもと育ってきた影響も計り知れません。

2.営業経験と添乗経験が用いられる
 大学を出てからすぐに入った会社では4年間ルートセールスをしていました。その後転職し、今の会社で旅行の営業として15年、添乗もしていたので多くの業種の多くの年齢層の方々のお世話をさせてもらい、国内外数多くの場所を訪れました。そして労組の専従を2年経験し現在は保険の営業に携わり4年。
 この経験から、人にアプローチすることが苦でなく、多くの価値観に触れて人間をよく観察することが出来ましたし、社会の裏側のどろどろとした部分も身をもって見聞きしてきました。
 
3.労組役員経験が用いられる
 上述しましたが、ひょんなことから今の会社で労組役員をすることになり、専従2年を含め11年間役員を務めました。会社の全職場を訪問し、膝を突き合わせて意見を聞き、また労組の案を粘り強く説明しました。様々な研修会や会議で話すことは日常茶飯事であり、講演をさせていただく機会もたくさんありました。また企業トップとの交渉もその重大な任務でした。
 さらに業界の上部団体に派遣され、他業界の労組との意見交換や研修に携わる経験もさせていただきました。

 こんなにも神が私のために状況を整え、訓練してくださっていたのだ・・・ 

 5分の証でこれらのことには触れる事は出来ませんでしたが、これらの経験すべては福音を伝えるために間違いなく必要なことであり、用いられるべきものであります。
 9年前にゴスペルミニストリーのリーダーに立てられてからも数年間は献身するつもりなど毛頭なかった者に、神は着々と周到な準備を施しておられたというわけなのですね。

 若く献身した人にはないものを神は私に与えて下さったのです。
 もちろん若さゆえの推進力や機動力も必要です。だから私のような年齢で経験を積んだ者と、若き献身者が認め合い、協力し合うことで福音の伝達力がどんんどん増幅していくのではないでしょうか。
 若い神学生たちも私のこんな思いを知ってか知らずか、普段教会で呼ばれているように

「たまちゃん

 と呼んでくれて、とてもフレンドリーに接してくれたので嬉しかったなぁ 
 
 そして金曜日の授業が終わってからは、毎週神学生が主催している伝道集会「ゴスペルインザナイト」の宣伝のために街に繰り出すというんで私も若い彼らと一緒に行くことにしました。
 この日も激寒でありましたが、駒込駅の近くでひとりひとりに声をかけながらチラシ配り。更には駅横の公園でストリート賛美

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 池袋と違って人が少なかったけれども、その中の誰かの心にいつかキリストの愛が届き、救いの御業が起こされるように純粋に祈りながらチラシを配り、賛美することが出来、心から感謝でした

 この夜の「ゴスペルインザナイト」森下辰衛先生(三浦綾子記念文学館特別研究員、三浦綾子読書会代表)をお招きして、「三浦綾子『塩狩峠』に学ぶ馬鹿力」という講演、いや伝道メッセージ。
 主人公・永野信夫は峠の上り坂で連結器が外れて暴走した客車を止め、乗客の命を救うために自らの身を線路に投げ出す・・・という実話を基にした三浦綾子さんの代表作ですが、その行為こそイエス・キリストのひな形であり、罪がないにもかかわらず自分の命を全人類のために投げ出した最も馬鹿な男がイエス・キリストなのだ・・・というお話でありました。

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 またまた落涙。この1週間の間に一体何回泣いたら気が済むのだろう・・・

 このスクーリング中、学ぶこと、祈ること、礼拝すること、同志との交わり、生活すること、そのすべての中に築きと恵みが満ち満ちていました。
 今からもう来年の山籠りが楽しみなくらいです。

 すべての栄光を主に


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