Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS クリスマスは過ぎ去らない!ICGCクリスマスコンサート

<<   作成日時 : 2012/01/04 23:29   >>

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 2012年も神が与えてくださったことを感謝します。
 東京では元日から震度4の地震があり、生きていることは当たり前ではなく、私たちの命は神が与えまた取られるものだと実感した年明けでした。

 年明けの街に出ると、11月くらいから盛り上げに盛り上げてきたクリスマスの装飾は跡形もなくなくなって、クリスマスなんてあったのかくらいのもんですね
 でも実際には10日くらいしか経っておらず、元旦はJESUSの割礼日、6日は東方の博士が来訪してJESUSを礼拝した日とされているのです。
 お正月と言えども、クリスチャンはJESUSが人としてこの地に下ってこられたことの意味をかみ締めていたいと思うのです。

 そういうこともあって、あえてこのタイミングで12月20日に行われたICGCのクリスマスコンサートについて今日は書きたいと思います。

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 ゴスペルクワイヤーにとって12月は最も賛美する機会が多い月。毎週の土日は様々なゴスペルクワイヤーがクリスマスコンサートを行うので、この数年ICGCは単独のクリスマスコンサートをやっていませんでした。
 しかし今年はメンバーの心の中に、「クリスマスの時期にこそJESUSを伝えたい」という思いが共通して与えられたんですね。
 そこで通常のリハと同じ火曜日の夜に無料で行う形が示され、12月20日が選ばれました。そうすることによってメンバーもバンドも特別に別の日を当てることなく集まれるし、平日の夜のクリコンはほとんどないので足を運んでくださるゴスペラーの仲間も多いのではないかという期待もありました。
 そうしたら新宿シャロームのまりりん(黒澤まりささん)を中心に多くのゴスペル仲間が宣伝してくれて、多くの方が足を運んでくださいました
 神の家族のつながりと優しさに感動です

 しかも今回はHiswill社長がすごい力を注いでくれて、照明・音響・DVD撮影といった縁の下の部分が超本格的でビックリです
 さらにシャロームのゴスペルクワイア・シーラブの山下君が自ら写真撮影の奉仕を申し出てくれて(このページの写真は全部彼の撮影です)、コンサートの前からあり得ないほどの祝福を頂いてしまいました。

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 コンサートの前からメッセージの中で、またインフォメーションの中で、そして祈りの中で、JESUSが何で来られたのか。なぜそれが喜びなのか。
 メンバーにはずっと伝え続けてきました。
 曲順はメインディレクターの美和ちゃんが(塩谷)祈って決めたものを前日にみんなに知らせ、賛美する曲によってディレクターが入れ替わり、短くMCをしたり祈ったりして賛美するんですが、そのことについての打ち合わせも何一つしていないのに流れが自然とクリスマスの喜びにフォーカスされていて、素晴らしい一致がありました。
 
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 おそらく普通ライブをやる時は、事前に段取りがきちっと決められ、そのシナリオに沿って進んでいくものでしょう。ICGCもかつてはそうでした。
 しかし最近はほとんどそのような人間的な段取りはしなくなりました。もちろん発声、パートごとの音取りや曲の構成、歌い方といった音楽的な備えはリハでしっかりやります。でも賛美するゴスペルの意味を聖書から受け取ることとディレクターとリーダーに信頼し、それを導かれる神を信頼し委ねることの大切さを私たちは体験的に学んできたように思います。
 ですから、曲順がどうかとか、MCは何をしゃべるとか、誰も気にしなくなっちゃったのです。
 人間の計画ではなく神のご計画に期待することの心地良さですね

 私はリハでやらせていただいているように、合間でショートメッセージを取り次がせていただきました。
 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

(ピリピ人への手紙2:6〜11 新改訳聖書)

 この「神のあり方を捨てられないとは考えず」というのは、神であることが相応しい方であり、神である権利を持っておられる方であるにも関わらず、それに執着しないで他の人のためにそれを捨てるということです。これがまさに不潔で臭い家畜小屋に生まれたという事実にあらわれているのではないでしょうか。
 つまり、私たち人間のために、神としての当然の相応しい権利に執着せずに捨てて、人となられたということ。私たち人間の一員、一人のメンバーになられた。これがクリスマスなのです。
 JESUSは本来人を裁くお方でありながら、裁かれる立場に立たれ、裁かれてくださいました。死のない方、永遠のいのちなる方が、死なれました。
 JESUSは全ての人のために死なれました。それゆえ、日本人も、韓国人も、中国人も、アメリカ人も、全ての人にとって、また被造物全体の主なのです。それゆえ、全ての口が神をほめたたえるのです。ひざをかがめて礼拝するのです
 
 人間の存在目的とは何か、この人生最大の意味がここにあります。私たちの喜びの源・中心はここにあるのです。
 私たちは生きる限り、神をほめたたえること。それこそが人生の意義。だから私たちはゴスペルを歌うのです。


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 その直後に導かれてリードをとらせていただいた Center Of My Joy は自分がどっかに飛んで行っちゃいました。

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 またCelebrate と 主の祈り ではダンスチームが体全体を使って主をほめたたえました

 今回初めて人前でプレーしたドラムの秀明も、聖霊に導かれた素晴らしいリズムを刻んでくれました

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 コンサートが終わった後、あるゴス友が、
「めちゃ メッセージに感動しました
 と上気した顔で話しかけてくれました。

 池ゴスバンドのドラマー・下久保君から
「素晴らしいコンサートをありがとうございました
 とメールが届いたのにもびっくり。彼はプロですから、ハイクオリティーのステージをたくさん経験しているはず。

 また岐阜からたまたま東京に遊びに来ていたゴスペラーさんを紹介され挨拶をしたんですが、後日この姉妹がこのコンサートに参加して洗礼を受ける決心をしたと聞きました
 コンサート中すごく楽しそうに一緒に賛美し、一緒に踊っていたのがステージ側からわかって、こちらがすごく励まされていたんですが、彼女の内側に聖霊が働いてくださっていたんですね〜

 またメンバーもとてつもなく大きな恵みを受け取りました。

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 賛美の中で受け取った感動。上から注がれた力について熱いメールをくれたメンバーがたくさんいました。
 神は私たちの賛美を求めておられ喜んでくださる方ですから、天の窓を開いて私たちの傷や悲しみを覆い力を注いでくださいます。まさにこれは体験なのです。
 
 何度でも言いますが、

私たちの神は最高に素晴らしい――‐―――――――っ
♪セットリスト♪ 
John 3:16
Thank You
O Come All Ye Faithful
When I Think About The Lord
Center of My Joy
主を仰ぎ見て
Celebrate
主の祈り
Oh Happy Day

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