Tama’s ゴスペラー日記

アクセスカウンタ

zoom RSS ゴスペル納めはゴスペル礼拝

<<   作成日時 : 2011/12/31 16:22   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 12月は賛美に次ぐ賛美で本当に感謝な月でした。
 特別にライブで賛美させていただく機会が5回、いつものゴスペル&メッセージを加えると6回。あとは通常のクワイアリハで毎週賛美していましたから、賛美することが仕事じゃないかと思えるくらいの12月だったなぁ。
 特に12月29日、今年最後の公での賛美がGospel Praise「ゴスペル礼拝」だったことが今年の恵みを象徴してるように思います。

 Meg&Kojiご夫妻に神が与えられたビジョンが徐々に膨らみ、今年はCDを出すためにクワイアが集まるのではなく、礼拝をささげるために集まることができた2011年でした。
 5月からスタートし3か月連続で新しい日本語ゴスペルを用いた礼拝をささげ、9月にレコーディング。11月に「Gospel Praise2」としてCDリリース。発売記念として礼拝をささげました。
 そして12月29日が最後のゴスペル礼拝となったわけです。

 私はこの日まで仕事だったので、リハにはほとんど参加できませんでしたが、全国から毎回このプロジェクトのために集められたマスクワイアの分かち合いの時には参加することができました。
 やはり震災のことがみんなに大きな影響を与えたようで、このプロジェクトに参加したことがきっかけで今回の収録曲・「喜ぶものと共に喜び」に後押しされ、被災地へのボランティア活動へ参加することができたりといった話も複数聞かれました。
 またこの賛美の中で洗礼に導かれた人や、決意した人など、生きて働かれる聖霊の御業を随所に感じることができました。

 さて17時からスタートした礼拝は、年末ということもあって普段よりも多くのゴスペラーたちが集まり最初から期待と熱気があふれていました。
 私個人はクリスマス前からの風邪が抜けず、喉のコンディションは最悪でしたが、礼拝賛美で声が出なくなったことが不思議と一度もないので基本的には平安。しかし最初の2曲くらいでは声が気になり少し集中力が低かったなぁ… まだまだ未熟者です
 でもこのゴスペル礼拝で毎回感じて心に響いてくるのがこの聖書の御言葉。
詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。
(エペソ人への手紙5:19)

 賛美とは、それをささげる者同士の「語り合い」なのだということ。神がいかに素晴らしお方であるのか、どんなに良くしてくださったのかをその歌でシェアしあうのです。そしてそれを神におささげする。
 実に、きよめるかたも、きよめられる者たちも、皆ひとりのかたから出ている。それゆえに主は、彼らを兄弟とよぶことを恥とされない。
 すなわち、「わたしは、御名をわたしの兄弟たちに告げ知らせ、教会の中で、あなたをほめ歌おう」と言い、また、「わたしは、彼により頼む」、また、「見よ、わたしと、神がわたしに賜った子らとは」と言われた。

(へブル人への手紙2:11〜13)

 ここで言う「わたし」とはJESUS、「わたしの兄弟たち」とはクリスチャンのことですが、翻訳するとこうなります。
 JESUSもクリスチャンも皆、唯一真の父なる神から出ている。だからJESUSはクリスチャンを『兄弟』と喜んで呼んでくださる。
 そしてJESUSは 「私は神の御名をクリスチャンたちに告げ知らせ、教会の中で父なる神をほめ歌おう」と言い、また、「私は父なる神により頼む」、また、「それは神がJESUSに賜ったクリスチャンたちも神により頼む」と言われた。

 クリスチャンたちが教会に集まり賛美し、神を礼拝するということは、それだけで最高の交わりだということなんですね。たとえ一人一人と世間話や近況報告をし合わなくとも、「キリストのからだ」としてひとつになれるということです
 この御言葉により私の杞憂など一気に吹き飛びます。

画像


 この日のメッセージは東京ホライズンチャペル平野耕一牧師
 歴代誌上4:10にある有名なヤベツの祈り
「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむ事のないようにしてくださいますように。」
 から、クリスチャンはちまちま縮こまるのではなく、主にあってアクティブに活動して自らの地境を広げていただく必要があるのだ!ということを語ってくださいました。
 ヤベツの祈りは自己実現のための手段として自分勝手に誤って解釈されることが多いので、個人的にはフォーカスすることがなかったのですが、平野師は日本のゴスペルクワイヤーの歩みに照らし合わせて実に適切に適用されました。
 日本にゴスペルミュージックが紹介され、10年位前には大ブームが起こり、あちこちでゴスペルを歌うグループが誕生しましたよね。
 私はそういった状況をずっと見続けてきたんですが、音楽的な技術はどんどん向上していきました。しかし多くのグループはイエス・キリストのことは二の次、いや知る気も全くないわけです。
 ゴスペルにイエス・キリストがいらっしゃらなければゴスペルじゃありませんから、そういうグループはどうなっていったかというと、音楽ばっかりが先走って行っちゃって本当の土台であるイエス・キリストとのギャップが広がる一方なわけです。すると土台がない建物みたいなもんだから、ある時急激にガラガラってペシャンコに潰れてしまうのです。私はそんなグループをいくつも見てきました。
 しかしどうでしょうか。このクワイアは礼拝するために集められ、神様の御言葉だけを賛美してます。これは本当に素晴らしいことです。
 ですから来年は韓国の集会にこのクワイアで参加して賛美をするのです。地境を広げていただくというのはこういうことなんです。
画像


 まさに私が今年のゴスペル礼拝を振り返って感じていたこととぴったりと符合しました。
 ゴスペルはショーやエンタメではなく礼拝そのものなのです。 人は神の愛を動機として造られた作品ですから、自分の創造主なる神を賛美し礼拝することは最も自然なこと。 自然なことを当たり前に行えば、創造主は喜び、恵みを余すところなく注がれます。 結果としてゴスペルは賛美者にとって最高に楽しいものになり、そこに参加する会衆(礼拝者)にとっても同様です。
 そして私の12月がそうであったように、主を賛美し証する場所が自然と思わぬ場所で備えられるようになります。確かに、病院、会社、他教会・・・ プロでもないのにいつの間にか地境が広がっていました。

 2011年を終えるに当たり、新たなる年2012年も、一礼拝者であることに徹底的にこだわりたいと思わされています。
 これを読んでいただいたゴスペラーの皆さん。1年間本当にありがとうございました m(__)m
 感謝を申し上げると共に、ゴスペル第一ではなく、礼拝第一の信仰生活を送られるように願い、お祈りさせていただきたいと思います。
 ひょっとしたら教会の中で人間関係で躓いたり、傷を負われた経験があるのかもしれませんが、神ご自身には暗いところが一点もありません。
 あなたにふさわしい教会が必ずあります。キリストの御からだである教会で礼拝をささげることを第一にしたならば、あなたの地境は必ず拡大されることでしょう。


一年間ありがとうございました!
クリックでの応援感謝です。 ⇒ にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ゴスペル納めはゴスペル礼拝 Tama’s ゴスペラー日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる