Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS "Gospel Branch" 見守り、とりなし、祈る

<<   作成日時 : 2011/08/31 23:58   >>

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 私が神から召されたミニストリーは、キリストの体である教会がベースです。これは
 神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右に座さしめ、彼を、すべての支配、権威、権力、権勢の上におき、また、この世ばかりでなくきたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれたのである。そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。
 この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。              
(エペソ人への手紙1:20〜23)

 という聖書の御言葉に立つ確固として動くことのない信念です。
 
 あらゆる方法を用いて、どんな場所へ出て行ったとしても、最終的にキリストの教会に依って立たなければ蒔かれた種が実を実らすことはありえません。

 という訳で、私は自分の教会の諸集会と、ゴスペルミニストリーの2つの柱であるICGC池ゴス以外にはあまり出て行くことはしないのです。
 もちろん出て行くことを否定するのではなく、教会にしっかり根を下ろした伝道こそ今私に神が与えておられる役割である、と受け取っているからです。
 私の召しではないけれども、外へ出て行って、

 *キリスト教・教会とは全く無縁で生きてきた人々にゴスペルを届ける役割。

 *ゴスペルミュージックに魅せられているノンクリスチャンとクリスチャンを結びつけるという役割。


 それもとても重要な働きだと認識しています。
 私の身近でその働きを担う前者が塩谷達也・美和であり、後者がまりりんこと黒沢まりさではないかと思います。

 さて8月22日、まりりんが中心となって”Gospel Branch"というライブが渋谷のライブハウスで行われました。
 前述の理由で、こういうイベントに顔を出すことはほとんどないのですが、今回は普段池ゴスで共に働かせてもらっている山根圭織ちゃん、麻生賢一くんがEternal Grace として参加、また不思議な方法で出会わされ交流を持っているシンガー・SAK.(参照:「SAK.との出会い」)が出演するので教会の姉妹たちも伴って応援に行くことにしました。
 他にもまりりんの交流の広さを生かして、Eternal Graceのようにゴスペルだけを歌っているグループと、セキュラーで活躍しつつある気鋭のシンガーたちが共演するという今までになかった企画。
 ミュージシャンも新城教会ファミリーの滝元堅志くんと吉弘千鶴子さんのクリスチャンと、セキュラーの2人という構成で、これが実現したのはまりりんの賜物ならではですね。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊から結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。            (ヨハネによる福音書15;5)

 "Branch"の命名はこの聖書の言葉から来ているように、バックボーンも活躍のフィールドも違うシンガー&ミュージシャンがゴスペルを通じ、Jesusという木につながって豊かな救いの実を実らせて欲しい・・・
 それがまりりんに与えられたビジョンで、背後では多くのとりなしの祈りが積まれていたそうです。

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 会場は普通のライブハウス。でもまりりんのMCは遠慮なく神様を伝えます。
 第1部は女性シンガー4人だけでのステージで、「賛美」という形にはどうしてもなっていきませんが、ほとんどのシンガーが真剣にゴスペルに向き合っていて、今後必ず神がこの日を益として下さるように…と祈らずにはいられませんでした。
 特にSAK.の何かに捕らわれたような熱唱にはグッときましたねぇ。
 彼女のゴスペルに向き合う姿勢。もうそこには聖霊のアプローチが強烈に来てるとしか思えませんでした。

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 第2部はEternal Grace やら他の男性シンガーも加わり大勢のステージに。
 その中でも私たち池袋のミニストリーで特に祈っている麻生君は、心が開かれた賛美だったなぁ。ただ本当に雑多なメンバーが寄せ集められたので、いろいろなベクトルが交差し合い、さぞまりりんは苦労しただろうなぁ・・・って思いながら聞いていました。

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 この試みは、いろいろな壁を乗り越えようやくこぎつけた1回目だそう。
 第2弾はシャローム教会の第4礼拝で企画中とのことです。やっぱり教会。そして礼拝

 ゴスペルミュージックとはいったい何なのか?

 まりりんが召されたこの働きは、キリストの体なる教会の外から本来の場である教会へ回復させるものだけに、引き戻そうとするサタンの反作用が起こります。
 だからこそ私はこの働きのために「見守り、とりなし、祈る」ことが必要だと示されました。


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