Tama’s ゴスペラー日記

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<<   作成日時 : 2011/07/12 01:43   >>

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 最近日本の教会でもゴスペルクワイヤーを持ち、伝道の一環として活動している所がたくさんあります。
 私たちのICGCも中央福音教会が運営するゴスペルクワイヤーです。

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 そもそもゴスペルはJESUSを信じるクリスチャンが、JESUSを賛美するために歌うものですが、神は異教文化の地・日本に福音を伝える道具としてこの音楽を用いてくださいました。ですからゴスペルクワイヤーがとても有益なミニストリーとして成立しているわけです。
 驚くべき、また特別な神の知恵だと、私はただ感嘆してしまいます。

 ですから私はいつもICGCの活動の前に

☆ 神が建てられたクワイヤーであることを忘れないように。

☆ 人間(リーダー、ディレクター)の思いが神の意志を遮ることがないように。

☆ 聖霊が存分に働いてくださるように。

 最低この3つのことを祈りに覚えながら臨むようにしています。それはなぜかと言うと、以前の苦い経験からそうさせられたのだと思います。

 クワイヤーがスタートしてしばらくは、クリスチャンは少なく、ゴスペルに興味を持ったごく普通のノンクリスチャンの方が多かったのです。そりゃそうですよね。そういう人たちを導くために起こされたミニストリーなんですから。
 私はリーダーとして、せっかくメンバーになってくれた人たちに何とか定着してもらって、いつかはJESUSを信じてもらいたいと思う一心から、彼らに楽しんでもらうこと、彼らに喜んでもらうことに重きを置いていきました。
 労組の役員を長年していたこともあり、運営スタッフにも彼らに積極的に加わってもらい、ミーティングを重視して民主主義的な運営に注力したものです。

 コンサートを行うにしても、みんなが楽しんで感動するためにはどうしたら良いのか、また足を運んでもらうお客さんが喜んでくれるにはどうしたら良いのか一生懸命考えていたものです。
 そしてコンサートの後には運営スタッフが企画した「打ち上げ」に参加し、ビールのジョッキ片手にみんなが達成感に浸りながらほろ酔いで歌うゴスペルに違和感を感じながらも、ニコニコ見守ったりもしていました。

 しかしその後、

ゴスペルとは何か。

賛美とは何か。


 それを神から真剣に問われるような出会い、出来事を通して、私自身が深い悔い改めに導かれました。
 だから、愚かな者にならないで、主の御旨がなんであるかを悟りなさい。
 酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、 詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって、父なる神に感謝し、キリストに対する恐れの心をもって、互に仕え合うべきである。

(エペソ人への手紙5:17〜21)

 突き刺さる御言葉でした。

主の御旨がなんであるかを悟りなさい。
 
 私は主の御旨を求める前に、人の顔色をうかがっていました。

主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。

 ゴスペルは自己充足や人を満足させるために歌うのではなく、「主に向かって」賛美するものでした。

 それ以降、私はまず第1にメンバーに向けられていたベクトルを、神に向けるという修正を自分自身に課しました。
 すると人間的な軋轢も生まれ、クワイヤーは分裂の危機を迎えましたが、
 わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない。おののいてはならない。                              (ヨシュア記1:9)

 という御言葉が与えられ、苦しみうめきながらも「主のクワイヤー」として造り変えていただきました。

 今振り返ってみると、この険しかった道もICGCには必要なことであり、ノンクリスチャンのメンバーや私と共に運営に携わってくれたスタッフが悪かったわけではありません。

 この経験を通して、父なる神・子なる神(JESUS)・聖霊なる神=三位一体なる神こそを常に中心に、神をひたすら崇め、賛美し、礼拝するクワイヤーに成長させられ、結果としてさらに多くのメンバーが生まれ変わり、素晴らしい賜物を持ったクリスチャンの奉仕者も集められたのだと思います。
 その結果、「池ゴス」を含めた「池袋ゴスペルミニストリー」全体の驚くべき祝福につながっていると確信するのです。

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 キリストの体なる教会が母体となり、祈りの下支えの上にミニストリーが建て上げられて、他教会からも賜物を持った奉仕者が集められてくる。そして不思議な、ありえないような方法で人が救われ、救われた者がまた奉仕する者へと成長していく。
 この神のシナリオの延長線上に、集められたクワイヤーメンバーや会衆たちの喜び・感動、笑顔・涙があるのです。

 ミニストリーであるのに、人にフォーカスすることが先になるとそれは「自己実現」になってしまい、いつのまにか「自己中心」という「罪」が生まれてしまいます。

 ある教会のゴスペルクワイヤーのスタッフ(その教会のクリスチャン)の方が、コンサートを終えた感想を書いておられたのを見て、過去の自分をそこに重ね悲しくなりました。

 「みんなが笑顔だった。楽しんでいた。盛り上がっていた。ディレクターの○○さんは素晴らしかった。コンサートは成功だった。」

 関心のすべてが「人」に向けられ、そこには神をほめ、神に感謝する言葉がまったくなかったからです。私は思いました。「成功って何?」 
 例に出させてもらったクワイヤーも私たちと同じように、原点に回帰するための途上であることを信じます。
 ここに取り上げたのは、決して私たちが偉いのでも何でもなく、神の憐れみによって先に体験させていただいたことを証しする責務としてあえて例に出しました。

 逆に、ミニストリーにおいて神にフォーカスすることを第1にすると、
 人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。
 どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくあるように、アァメン。
                     (エペソ人への手紙3:19〜21)

 というパウロの祈りが、その通りに成就することを体験するようにになります。
 この喜びは何にも代えがたい最高の喜びであることを確信を持って証言したいと思います。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
神様に向かっての賛美。だからこそ、自分でも、賛美は楽しくて仕方ないですよね。http://blogs.yahoo.co.jp/wakideruizumi
ゾウアザラシ
2011/07/15 21:00
>ゾウアザラシさん
アーメン!
たま
2011/07/16 01:10

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