Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 奇跡!Twitterからの救い その2

<<   作成日時 : 2011/02/11 16:41   >>

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 前のブログの続編です。
 
 私が彼女に教会を紹介してから1ヵ月半後、11月の池ゴスに彼女がやって来ました。
 実は10月後半から体調を崩し、所属するクワイヤーの練習、予定されていたゴスペルワークショップなど全部キャンセルせざるを得ず、賛美に飢えていた時、池ゴス当日朝の私の告知ツイートを見て「行きたい!!」と思い立ったそうです。
 そしてその時に初めてリアルな対面が実現したのです
 
 池ゴスではその月に生まれた人のお祝いを「きみは愛されるため生まれた」を歌ってするんですが、


 たまたま彼女は11月生まれだったみたいで、このサプライズに大号泣 そして賛美の中で今まで体験したことのない暖かい何かを感じたといいます。そして感動で心が震えたとも・・・。



 本当に心から主を賛美している彼女がこの動画の中に写っています。

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 これ以降12月の池ゴスにも参加し、年末に行われた藤波慎也くんのワークショップにも参加。その度に彼女は大号泣していて、本当に主ご自身が聖霊を通して彼女に触れてくださっていることがよーくわかりました。

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 でも私はその様子を見ながら、そのあまりの涙の激しさにただならぬものを感じずにはいられなかったんですよねぇ。これは何かあるなぁって。
 
 慎也くんのワークショップは12月30日に行われた「ゴスペルリンクングフェスタ2010」のステージで賛美するためのものでした。
 そのあたりのことは私のブログをお読みいただければと思います。⇒ (こちら)
 当日私はワークショップクワイヤーのとりまとめを慎也君から任されていたので、早めに会場の玉川聖学院へ行きました。でも行ってみると特にすることもなく手持ち無沙汰。そこに彼女もいたので、ちょっとお茶でもしてようか・・・ということになりました。
 でもそれが後に、彼女にとって一生を左右するような出来事になるとは思ってもみませんでした。彼女自身の手記を紹介したいと思います。
 12月30日に、玉川聖学院で行われたリンキングフェスタ。 このイベントに参加した事が、私にとっての大きな転換点となりました。

 教会に通い始めてちょうど3ヶ月が経ち、「頭の中」では御言葉や聖霊の働きを理解出来るようになっていた頃です。
 本番の前にたまさんとお茶を飲んでいる時でした。
 「実家ではご両親と暮らしてるの?」
 確か質問はそんな他愛のない内容だったと思います。たまさんに問われたその言葉に、何か胸の奥に刺さったトゲが激しく痛むような感覚になりました。

 13歳の頃、私の両親は離婚しています。
 その事にきちんと向き合えないまま大人になってしまった私は、もういい加減この重荷をおろしたい。ずっとそう願っていました。 いま思えばこの日、神様がその機会を与えて下さっていたんですね。
 私は堰を切ったように、両親にされて辛かった事、孤独で淋しくて押し潰されそうだった事。自分の過去の傷、今も痛み続ける胸のうちを全てさらけ出しました。
 涙が止まりませんでした。見ないフリをして過ごして来た傷は、こんなにも痛み続けていたのだと改めて思い知りました。
 そんな私に対して、たまさんが返してくれた言葉は「自分の感情」ではなく、すべてが「聖書の御言葉」でした。

 ヨハネ4章5〜24節。
 マタイ11章28節。
 
 …そしてフットプリント(あしあと)の詩のお話。

 次々に語られる御言葉が、まるで私の中に染み込んでいくようでした。
 それまで聖書を読んでもほとんど理解出来なかった私が、説明もなくみ言葉を理解している。これは本当に不思議な感覚でした。
 私の気付かない所で、神様がどれだけの愛を注いでくれていたのか。
 孤独だと思っていた私を、どれほど大きな愛で包んでくれていたのか。
 その途方もない愛の深さを「頭」ではなく「心」で理解した瞬間でした。

 そして、生まれて初めてして頂いた「とりなしの祈り」
 この祈りの間ずっと、神様が私に触れ、抱きしめて下さっているのが解ります。いま神様はここにいる。理屈じゃなく、ただ心からそう強く感じました。

 私はようやく、長い間抱え込んでいた重荷をおろす事が出来た。そしてそれは、一人では決しておろす事の出来ない重荷でした。神様はその為に、私を助け支えてくれる人まで与えて下さった。
「救われる」ってこういう事だったんだ。
 そう思ったら、言いようもない程にあたたかで幸せな感情が、胸の中いっぱいに広がりました。
 生まれて初めて感じる、神様に愛されてるという安心感。こんなに安らいだ気持ちになれるなんて、本当に知らなかった。そしてさっきとは全く違う、喜びの涙がとめどなく溢れました。

「悲しみを喜びに変える事が出来るのは、神様ただお一人なんだよ。」

 たまさんが言ってくれたその言葉は、きっと忘れる事がないでしょう。
 この日の私の日記には、最後にこう記されています。

みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである【エペソ1:4〜5】

主の愛により救われた日。  2010.12.30
    
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 私は彼女の涙の告白を聞きながら、胸が張り裂けそうでした。
 両親が離婚した後、母親に引き取られたそうですが、母親は彼女とお兄さんを残し家を飛び出し、そこから数年の記憶はすっかり抜け落ちているというではありませんか。愛する親に放置されてしまったという言葉に表せないほどのショック。
 あまりにも辛い出来事に遭遇すると記憶を塗り消す・・・という人間に神が授けてくださった自己防衛本能が働いたんでしょう。
 学校に行くことも出来ず、そこで依存したのは男性。16歳で出産。しかし夫の暴力・暴言におびえる日々。挙句の果ては子供を取り上げられ、今その子は夫が再婚した女性を実母として、彼女は存在しないことになっている・・・ 
 自分が記録から抹殺されている・・・そんな辛いことってあるでしょうか。

 それ以降、自分の努力と頑張りだけで生きて来て、人間への不信を仕事や男性に依存すること、目の前にある楽しいことで埋ようとする生き方をするしかなかった。
 でもそのどれもが彼女の心を満たすことがなかったのです。

 しかし、Twitterという実に奇想天外な方法で神様は彼女をご自身の元に引き寄せてくださったのです
 そして裏切られることの絶対無い愛に気付かせ、その中に入れてくださいました。



 彼女は今、溢れるばかりの喜びに満たされて、礼拝に、賛美に、祈祷会に、学びに励んでいます。彼女のその姿を目の当たりにしてかえって私が力を貰っているくらいです

 この壮絶ともいえる半生も、

「私の証しを通して真の神様の素晴らしさを知ってもらえるなら、これによって同じ重荷を背負っている人がJESUSに出会うことが出来るなら、すべて載せてください。」

 という彼女の意思から載せさせていただきました。
神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる。
神はまたあなたを悩みから、束縛のない広いところに誘い出された。そしてあなたの食卓に置かれた物はすべて肥えた物であった。
           (ヨブ記36:15〜16)

苦しみにあったことは、わたしには良い事です。
これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。
        (詩篇119:71)

 今はとても寒い日が続いていますが、春の足音は確実に近付いています。
 川の水が弛むのを待って、彼女は教会の近くの川で洗礼を受ける予定です

 神はTwitterさえもご自身の救いの道具とされる方。

 とこしえに神に栄光がありますように。

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