Tama’s ゴスペラー日記

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zoom RSS 祈りは時空を超え

<<   作成日時 : 2010/07/19 23:49   >>

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 梅雨明けしたとたん酷暑に襲われた東京。
 昨日の日曜日はそんな中、小平霊園の中にある教会の墓地で記念礼拝が執り行われました。日本人的感覚から言うと「お墓参り」なんでしょうが、クリスチャンは故人を礼拝しません。
 先に天国へ召された先人たちを偲んで神に礼拝を捧げる会です。

 朝の礼拝を終えてからマイクロバスをレンタルし霊園に着くと、東京の真夏とは思えない澄み切った真っ青な空と、原色に近いような濃い緑が私たちを待っていました。

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 幸いにも墓碑の近くに広い木陰が出来ていて、そこに折りたたみ椅子を並べて即席礼拝所を設営。記念礼拝が始まりました。

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 教会の墓地には1960年から2008年までに天に召された教会員と家族、約40名くらいの遺骨が安置されています。1年に1度のこの礼拝には、遠方に住む遺族も駆けつけてくださるのですが、その中に1997年・2003年に天に召されたBさんご夫妻のご子息2名が兵庫県から参列されました。

 Bさんご夫妻は奥さんが若い時に先に信仰を持たれ、長年教会の婦人部のリーダーとして、また昼食作りのリーダーとして活躍されていました。
 私が初めて教会に行った小学生の頃から優しいお婆ちゃんで、若々しくいつも輝いて礼拝に集っておられました。 ご主人が教会に来始めたのは80歳を超えた頃。奥様はずっとご家族の救いについて祈っておられ、それがようやくかなえられてのことでした。やがてご主人は洗礼を受けられ、それからはご夫婦そろって礼拝に集うようになり、教会にとっても大きな励ましと喜びだった事を覚えています。
 しかしお子さんたちは信仰を持たずに生活しておられたようで、私たちはお会いしたこともありませんでした。

 ご夫妻は毎週、ご高齢であるにもかかわらず聖蹟桜ヶ丘から池袋まで1時間以上もかけて電車で通ってこられ、奥様は足腰が弱り寝たきりになるまで毎週欠かさず食事作りの奉仕を続けておられましたねぇ。
 ご主人も常に礼儀正しく、若造の私にも頭を下げて挨拶をされるような謙虚な方で、よく書道の達人だった教会の姉妹に80の手習いで書を習い、御言葉を書き綴ったり、牧師と将棋を指したりしておられました。
 私はそんな老夫婦を目の当たりにし、「いいご夫婦だなぁ・・・」とほのぼのとした気持と共に、憧れのような気持も抱いていたものです。
 そんな素敵なご夫婦も、先にご主人が91歳で召され、6年後に奥様が93歳で召されました。

 話は戻ります。

 礼拝が終わり、献花をする段になり、遺族がひとりずつ紹介されました。そしてBさんご夫妻のご長男・次男の番になったのです。そんなBさんご夫妻のご子息ですから、ご長男・次男と言っても年齢はもう70代後半じゃないかと思われます。
 代表してご長男が挨拶をされまさした。

「Bの長男、○○でございます。このような記念会に参加できる事を先生、教会員の皆様、そして神様に感謝を申し上げます。実は私、昨年洗礼を受けまして・・・

 私はそれを聞いた瞬間、涙がぼわーっとこみ上げてきてしまいました

 Bさんはご家族の救いを何十年も祈っておられました。その結果、ご主人が導かれました。しかしお子さんたちはその祈りも空しくクリスチャンにはならず、先に天に帰って行かれたのです。
 きっとそのことだけが心残りだったのではないでしょうか。

 しかし ご主人が召されて12年。奥さんが召されて6年。その祈りは聞かれました

 私たちクリスチャンはどんな形であれ、どんな短時間であれ日々祈ります。
 自己中な祈りなら論外ですが、すぐに祈りの答えが出ないとあきらめてしまったり、神に文句を言ったりしてしまいます。そしてすぐに失望します。
 私たちが神を勝手に過小評価してしまうのです。ところが神は「信仰による義人」の祈りを必ず聞いてくださるお方であることを知らなければなりません。
 信仰による祈りは、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ち上がらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
 だから、互いに罪を告白し合い、また、いやされるようにお互いのために祈りなさい。義人の祈りは、大いに力があり、効果のあるものである。
 エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈りをささげたところ、三年六ヶ月のあいだ、地上に雨が降らなかった。それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。

(ヤコブの手紙5:15〜18)

 人間は罪の性質を必ず持っているので、義人はひとりもいません。しかし、ただイエス・キリストを信じる信仰によって「義」(=正しい)とされます。
 B姉妹はまさに「信仰による義人」でありました。

 天の御国でBさんご夫妻がJESUSと共にニコニコ笑って私たちを見ておられるような気がした、そんな真夏の午後でした。


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